ただ歩いてゆく旅

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2018年 02月 28日

ラパス全面封鎖の市民デモ

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア   ポトシ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定







今日も積極的に観光だ。
行くのは『月の谷』、メルカド前でコレクティーボを捕まえるんだけど、これがなかなか捕まらない。

コレクティーボ(乗合のバン)は何台もひっきりなしに通るけど目的地行きが来ない。やっと来たと道路まで走って追いかけるも、去ってしまった。

メルカド前の通り。

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今までで1番近代的な建物だけど、活気がないメルカド。

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仕方ない別の場所まで20分歩いて、またコレクティーボ待ち。結局乗るだけで一時間かかった。

出発して30分、ドライバーは何故か裏道ばかり通って進んで行く。時にはUターンして引き返したり。乗客は「しょうがないなぁ」みたいな感じで次々と降りて行った。
道を知らない感じでは無さそうだし、運転の手際は良い。
最後に残った私達、また裏道を通り始めて少々不安もよぎるものの、このドライバーは悪い人間ではないという確信もあった。

工事中で通れないのかな?いや、どうやらこの道はデモで市民が封鎖しているようだった。
それじゃちょっと時間かかるかなと思ったが、それも甘かった。
ドライバーはかなり頑張って、色々な道を通ってくれたが、最後には月の谷へは行けないとキッパリ。
ええっーー?!ここで降りるの?他に道はないの?
月の谷まで残り10㎞。歩けなくはないから、普通に代金を払って降りた。
他の客も、途中だったけど代金は払っているそうだ。

仕方ない歩きながら他のコレクティーボを捕まえよう。
でも歩いてすぐに諦めた。
コレクティーボどころか道路には車が走っていないのだ。いつもはどの道もあんなに渋滞なのに。

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そう言えば、ここまで来るときはまだ車が走っていたけど、大勢の警官が並んでいたり、軍の人もチラホラ見かけた。
そして歩く道すがら、何箇所も道路封鎖しているのを目にした。店は殆どが閉まっている。
まだ危険なのか、何のデモなのか、状況がさっぱり分からない。

月の谷近くまで来たけど、何台ものトラックが荷物を積んだままの状態でズラリと並んでいた。その先では学生さんや、子供を抱いた主婦、カップルがコーラを飲みながら道路封鎖している。

ゴツい感じの運転手は、道端でタバコをふかしたり、草むらで寝転んだり、諦めて屋台でご飯を食べたりしていて、ピリピリした雰囲気は全く無かった。

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これじゃあ、月の谷まで行っても開いてるかどうか、帰りのコレクティーボも捕まえられそうにないし、それに実は、それほど月の谷に行きたい訳でもなく、今はこのデモが気になって仕方ない。

さらに1時間半ぐらい歩けばロープウェイの駅があるから、それで何とか宿まで帰ろう。
さっき遠くから見えたロープウェイは、まだ動いているようだった。

ロープウェイまでの道では、道路封鎖はどんどん進んでいるようで、幹線道路はもちろん、普通の家の前の道まで、ハシゴやロープ、大きな石、洗濯機まで運んできて道路封鎖していた。

奥は、トラックと車で道路を封鎖している。

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大きな店やスーパー、車屋、食堂も全て店は閉まっている。屋台と何軒かの小さな食堂は開いていた。
今日は休日か?と思うくらいだ。
道路ではボリビアの旗を持った人達や、顔に『NO』とペイントした若い女性など、平和的でちょっとしたお祭りのような雰囲気さえ感じる。

やっと到着した駅。
ここは新興住宅街で裕福層が多い地域だ。
ここで初めて、たった13%の白人ボリビア市民に出会えた。
なるほど、こういう場所に住んでいたんだ。
彼らのルーツはスペインだけど、ボリビアで生まれ育ったボリビア人。
先住民族と彼らの間で差別などはないようだけど、実質的に政治と経済を動かしているのは、13%の人達だ。

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レンガの家じゃないし、トタンの屋根じゃない。
うゎ〜ポロシャツにジーンズの人、久しぶりに見たなぁ。
シェイプアップして、健康的で姿勢を正して颯爽と歩き、目が合えば笑顔で軽く挨拶する、その優雅な姿はカナダやアメリカでは普通だったはずなのに、今は自分が違う世界に居るような気がした。
ラパスにこんな世界もあったんだ。

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崖の上の高級マンション。

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彼らも夫婦で旗を持ち、道路封鎖会場へ向かっていた。
祝日でもないのに、こんなにも大勢の市民が仕事や学校を休んで道路を封鎖するのは何故?
私達も少し踏み込んで、何のデモなのか聞いてみる。

「Bolivia dijo NO!Bolivia dijo NO!」
(ボリビアはノーと言った!)

のスローガンが聞こえてくる。
どうやら、ボリビアの大統領が法律を変えて、次で4回目の就任になることへの反発のようだ。
大統領はボリビア史上初の先住民出身エボ・モラレス。

Photo by Wikipedia
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ラパスの閑静な住宅街からまた、ロープウェイに乗って、少しでも街の中心部へ向かう。
ここからの景色は、前とはまた違って、どこかの惑星にレンガの家を建てたように見える。
よぉ〜く見ると、よくもこんな場所にと思うような斜面や崖の下に家がひしめき合っている。
この街のロープウェイは何度乗っても飽きない。

そしてロープウェイの上から見た街は、どこにも車が走っていなかった!!
どこにも、あんなに車だらけのこの街で、こんなことが実現出来るのか!?市民の力で。

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なるべく街に近い駅で降りて歩く。
信じられない、道という道が本当に封鎖されていた。
バイクで出かけた人は、家に帰れず立ち往生。
封鎖しているご近所さんも、悪いわねぇ〜といった感じ。

ロータリー。

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バイクの男性がちよっとだけ、通らせてよ〜。みたいな感じで交渉中。
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救急車のサイレンが聞こえたら、もちろんすぐに開けるし、大統領を風刺した替え歌を歌ったり、至って平和的なんだけど、一体どうやって、誰がどの道を封鎖するのか分担するのか?
商店やタクシーは商売上がったりだけど、不満はないのか?
絶対に車で行かなければならない場所や約束がある人は?
今の日本では、こんなことはまず不可能だろう。

いつも渋滞の宿近く。一台の車が動けずに立ち往生していた。

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デモの詳しい背景や、ボリビアの今の政治がどうなのか詳しくは知らないけど、この全市民の一体感と、寛容さには感動すらした。

そう言えば数日前、カフェでビールを注文したボリビアの男性2人がいたんだけど、しばらく待たされた後に若い店員男性がビールを開封して、見事に泡泡で男性の服にもかかって、テーブルも泡だらけというのを見かけた。
(ラパスは高所だから炭酸が泡立ちやすい)
2人とも参ったね〜って感じ、店員もタオルこそ持って来たけど、すみませんみたいなのもなくて、男性2人はその後何もなかったように、愉快にビールを飲んでた。
日本じゃ無理だな。

街の中心部ではこんな、警察車両も待機していた。

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こちらは障害物を避けれるようにもなっている。
どちらも放水出来るようになっていた。

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その夜、道路封鎖も解除されたから夜景を見に行く為にタクシーに乗った。デモの事を聞いたら「ラパスではしょっちゅうデモしてるからね」とかなり冷めたムード。

でも夜景は熱かった!
キリキリという公園からの夜景。

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街でタクシーを降りたら、デモ帰りの若い人達や家族連れが折り畳んだ旗や、プラカードを持って帰る所だった。
公園ではまだ市民が集まっていて、熱く語っている。

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そしてこの夜屋台で食べたアンティクーチョも熱くて極上に美味かった!
普段は2人でも夜は歩かないけど、この夜は大勢が出歩いていたから、かえって安全。

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あんなに「ノーと言った!」と皆が叫んでいるのに、夜にメルカド前でやっていたライブでは『ボリビアはイエスと言った!』の横断幕があって、大丈夫なのかとこっちが心配になったけど、そっちはそっちで平和的なムード。

ちなみにボリビアは建国以来、政治的にとても不安定でクーデターが起こりやすい政治文化があって、過去100回以上のクーデターが起きているそうだ。

『月の谷』に行くよりずっと貴重な体験が出来た一日になった。

数日後、また街中で鉱山で働く人達のデモがあった。

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by ayumiaruki | 2018-02-28 23:26 | Comments(0)
2018年 02月 27日

鉄板観光『おばプロ』と『泥棒市』

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア   ポトシ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定





今日はしっかり観光するぞ!と、出かけて5分ゼーゼー息を切らせている2人。
ラパスに着いてから数日たった今でも、坂道ではすぐに息が切れる。
ラパス市民のようになるのは、まだまだ無理か。

坂道だって露店の市場がひしめき合っている。
なんでも売っている露店、iPhone の充電コードは純正だと200ボリ(3,000円)。電子機器は純正じゃないと!と常々言っていたのに、この通りで20ボリ(300円)を見つけて、買ってしまった。今のところ問題無い。
1ボリビアーノ(15円)

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ひねくれ者の私達、鉄板の観光にはちょっと冷めている。『おばちゃんプロレス』通称『おばプロ』はどうも気になって今日は『泥棒市』とセットで見に行くことにした。

まずは楽しみにしていたロープウェイに乗って、すり鉢状になったラパスの街の底から、すり鉢の縁にあるエルアルト市へ向かう。

札幌育ちの私にとって、ロープウェイはスキー場の乗り物。雪もない街の中にロープウェイがあるこの光景だけでも不思議だ。
2014年に開通したラパスのロープウェイ(ミテレフェリコ)駅はまだ、新品のピカピカ。

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開通した当初は行列だったらしいけど、すんなり乗れた。
そりゃこんなのが出来たら、用事がなくても乗って見たくなるはずだ。
3ボリ(45円)という値段がまた嬉しい。

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期待していたロープウェイ。乗って数分でラパスの街並みが目の前に広がって、360度の大パノラマ。二人ともうわぁ〜〜!うぉ〜凄い!これは凄い!とゴンドラの窓にへばりついて歓声をあげていた。これはもう圧巻だった。
こんなに特徴的な地形の街も珍しいし、山肌に沿うようにびっしりと埋めつくされたレンガ色の家々も綺麗だ。

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私達があまりにも興奮していたからか、一緒に乗った親子はクスクス笑ってる。この街の事や、見所を色々教えてくれた。こんな時フミさんがスペイン語を話せるのが助かる。

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エルアルト市のアルトは、スペイン語で高いという意味。その名の通り標高は4,150mにもなる。

今も人口が増え続けているラパス、すり鉢の内側はすでに飽和状態だけど、裕福層は便利で風も弱い、すり鉢の内側に住み、貧困層はすり鉢の上へ上へと居住区を広げて行っている。
その結果、エルアルトはあまり安全とは言えない地区になっている。
こんな地形でも、周りの山々からの雪解け水と、地下水脈で水には困らないそうだ。

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街並みだけでも迫力なのに、遠くには雪山まで見えた。
たった3ボリでこんなに楽しめるなんて!
これはラパス一押しの観光だと思う。

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親子は途中の駅で降りて、私達は終点駅で下車。
ここで大きな間違いに気づく。
エルアルトは反対方向でしたーーーー残念!

一度降りてから、またキップを買って同じロープウェイに乗って戻り、今度は逆方向へのキップを買ってまた乗った。
ロープウェイ楽しみだったけど、端から端まで乗るとは。
エルアルトに着いたら寒いっ!500m標高が上がったらこんなに気温が違うのか。
混雑しているエルアルトのロープウェイ駅。

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ここから人混みの流れに乗ると、そこは『泥棒市場』
その名のとおり、盗品も売られているそうだ。
ラパスで何かスられたら、ここでまた買えると言う噂だけど、ここには本物の泥棒も居て、観光客、特に日本人は狙われるそうなので要注意。
『泥棒市』で泥棒されるなんて、いかにも私達にありそうな話しだ。

誰が買うのか、片方だけのスリッパ。

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車の部品。

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錆びた車の部品、などなど日用品が多い。
市場はそれはもう広くて、広くて、人も多くて多くて通り抜けるだけでお腹いっぱい。

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そんなこんなしていたら、プロレスの時間が迫って来ている。
雨も降って来て、急ぎ足で会場へ行ったけど場所が移ったようでさっぱりわからない。
エルアルトの街並み。道路の幅が広い。

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何人かに聞きながら、やっとたどり着いた会場。
えっ?これ、、、、。

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入口。
大丈夫かーー『おばプロ』

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観光客ばかりかと思ったら、地元の人もどんどん集まって試合前はほとんど満席だった。
地元では『Lucha Libre』(ルチャリブレ)と呼ばれている。

写真はまだ人がいない時。
正面が地元席で、リング周りが外国人と席が別れているのが残念だったな。
料金もツーリスト価格で50ボリと強気!

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普通のプロレスから始まって。

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来ました!おばプロ!
ん?おばちゃんじゃない!若いしわりと本気モード。

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チャラい感じかと思ったら、本格的に投げてるし。

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お約束の悪役登場!
顔面に蹴り。

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レフェリーも悪役の味方したりとか、レフェリー同士で喧嘩したりとか、場外乱闘、何でもアリのプロレスなんだけど、このB級感が笑えて地元ピープルと外国人とが変な一体感でミョーに盛り上り、はっきり言って楽しかった!!
あれ何でしょう、ドリフターズの『8時だよ全員集合』志村後ろーーのノリ?
欧米人も積極的に志村のノリで盛り上がってて、『ブゥーーー!」のブーイング!

地元キッズが背後から悪役に泡泡攻撃!
これ絶対パレードで余った泡スプレーでしょ。

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記念撮影なんかもしちゃったりして。

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会場で日本人のご夫婦に声を掛けられた。
フミさんのブログを読んでくれていた方で、最初はリマの中華街で私達を見かけ、でも違うかも?
次はクスコで私達を見かけ、そして3度目は『おばプロ』もう、声を掛けない訳にはいかないでしょう。

帰りは私達がご夫婦を誘って、一緒に帰ってもらった。
夜に外を歩くのは初めてだったし、2人より4人の方がより安全だ。
駅までは歩いて30分、まだ泥棒市は人混みで身の危険は感じないけど、スリが心配だからザックはしっかり体の前で、ちょっと緊張して歩いた。
ロープウェイから見た夜景は、今までで一番の夜景だった。
周り一面の夜景はもう、ため息しか出ない。

でもゴンドラ内から撮った写真は反射して、使えないものばかりなのが残念。
大きな通りでは、夜までパレードしていた。
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たまにはベタな観光も悪くない。
街の雰囲気もだんだんつかめてきたし、見てみたい所もまだあるし、もう少しこの街に居るかな。
お二人もこの後ウユニ塩湖へ行く。また会えそうだな。

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ランキングのポイントが付くようになりました。
なにやら今のブログは、ほとんどがSSL化に変更しているらしく、私がそれを知らずに変更していないだけでした。

数日ポイントが付かなかったら、すぐに10位以下に落ちてしまう、弱肉強食世界一周ランキングなのね。

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by ayumiaruki | 2018-02-27 23:08 | Comments(0)
2018年 02月 24日

面白くなりそう、ラパスの街

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定







豊かな天然資源を持っているのにもかかわらず、南米最貧国と言われているボリビアは『黄金の玉座に座る乞食』とも言われている。

中南米の中でも先住民人口が多くて、全人口の半分以上。白人系の人は13%しかいない。

言葉はスペイン語、アイマラ語、ケチュア語の他に33もの言語が使われていて、ボリビアの正式名称は「ボリビア多民族国」なんだそう。


私達が泊まっている首都ラパスは外務省が「危険レベル1」に指定している。危険を避けるため特別な注意が必要とあった。

タクシーでさえ油断出来ない。故障したから別の車に乗るよう言われて、その車に乗ったら知らない場所に連れて行かれて金品を盗まれたり、夜道では首絞め強盗も多い。


首絞めは、20年前にフミさんが南米を旅していた時から頻繁にあった手口で、後ろからチョープスリーパーのように首を絞め、気絶させて身包み剥がす容赦ない強盗だ。

どちらも、つい最近実際に日本人が被害に遭っているし、首絞めは友人の旅人も数人被害に遭っている。気を付けなければ。


ラパスの街並み。


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ラパス初日の宿の入り口。

昨夜は遅かったし真っ暗でオンボロ屋敷のように見えたけど、なかなか面白い造りだ。

昔は何に使っていたんだろう。


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入り口から見上げると吹き抜けで、古い校舎のようだ。


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長い廊下を進むと。


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夜中にこの石の階段を見たら、上まで登る気になれなくて、この下でご飯を食べたんだけど、これがまた夜中で怖かった。


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でも階段を登ると、こんなバーがあったんだな、失敗した。


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朝食付きだったから、昨夜の日本人男性(手前)と、南米旅行中の左官屋さんと一緒に朝食。


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以前日本のクイズ番組、たしか「世界ふしぎ発見」で、ラパスの深刻な渋滞問題を解決した乗り物は何でしょう?という問題があったのを覚えている。


正解はこれ、ゴンドラ。

宿はゴンドラのすぐ下にあるから、バーの窓からよく見える。


テレビを見たとき、乗って見たいなぁって思ったけど、まさか自分がここに来るなんて思いもしなかった。


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ドミトリーだけど、広くて清潔だから快適だった宿

『バンキーホステル』


2人で(125ボリ)1,900

1人(44ボリ)660円の部屋もあり

キッチン無し、朝食付き、シャワー快適、Wi-Fi早い、貴重品ロッカー、トイレットペーパーあり。


でも私達にはちょっと高いし、キッチンが無いから今日は別の宿に移動だ。


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昨夜は夜中にバスを降りて、タクシーで宿まで来たから、街の雰囲気は分からなかった。

初めての街、初めての国を歩くときはちょっと緊張感もあって、街並み、人々の表情、街の活気、匂い、屋台の食べ物などなど、五感フル活用で情報吸収する、1番好きな瞬間だ。


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まず目に飛び込んだのは、キューバを思い出すようなクラシックなバス。


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バスも古いけど建物も古くて、ペルーよりごちゃごちゃした感じがするな。

でも少し歩いただけだし、まだまだ分からない。


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15分くらい歩いて、次の宿に到着。

Inti Wasi


ツイン個室(70ボリ)1,050

キッチンあり、シャワー微妙な調節必要、トイレットペーパー無し、トイレは掃除されているけど毛布は微妙。ダニに噛まれた人が居た。部屋によって快適さがかなり違う。場所は便利で比較的安全。


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古い建物で3階だけど、私達の部屋は広くて窓も大きく、気に入った。

はぁ~それにしても疲れた。

昨日のすったもんだと、長距離移動、苦手な高所に寝不足。


ワラス 3,052m

クスコ 3,399m

ラパス 3,600m〜4,150m


と段々標高が上がっている。

今回こそは、ちゃんと高所に適応するように、食べ歩きはしばらく我慢して、しばらく自炊でお粥だ。

ラパス2日目は宿でひたすら寝ていた。


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翌日、宿の近くを歩いてみると、すぐ近くに有名なサガルナガ通りがあった。通称『魔女通り』。


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ボリビアもキリスト教が多いけど、古くから続いている民間信仰も残っている。


一部はキリスト教と土着の信仰が混ざりあっていたり、地方や町ごとに受け継がれた伝統行事も多い、その辺も興味深い。

砂糖で出来たお供え物。


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神聖なリャマの胎児のミイラ。

家を新築する時や商売を始める時は、数千年前から信仰されている大地の神パチャママに、お供え物として四隅に埋めて家内安全を願うそうだ。
今でも、これをしないと建てた家で災いが起こると信じられていて、ボリビアの人は必ずするそうだ。


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おじさんも店を出してる魔女通り。
よく見ると薬草、コカ、精力剤、爪、乾燥させた何か?とにかくありとあらゆる物がある。


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おじさんの店のリャマのミイラはちょっとグロテスク。
お値段も高くて、最初の毛が生えているものはさらに高い。
リャマの胎児は、食用リャマに胎児がいた時や、生まれる前に死んでしまったもので、高価なリャマをこのために殺したりはしない。

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そして街を歩いていると見かける、民族衣装の可愛らしいおばちゃんは、チョリータと言う。
ペルーでは見なかった、ヒラヒラしたショールがとても綺麗だ。
スカートや、背負っている布との色合いを考えてカッコ良く着こなしている人もいれば、う〜んな人も居てそこは、やっぱり万国共通なんだな。

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こちらのチョリータはニット帽が凄く似合ってる。さっきのチョリータとは違う民族衣裳だ。同じ民族衣装でも出身地によって違うのは、ペルーも同じ。
ニット帽にも長い歴史があるのを、後日博物館で知った。

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小さくて可愛らしいチョリータ。何だか宮崎駿の映画に、こんなおばあちゃん出ていたような気がする?

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郊外を歩いていて見かけたチョリータも、ニット帽、スカートの色合いが絶妙。
でもチョリータの子供達は、民族衣装を着ていない。20年後にはこんな光景も見れなくなるんだろうか。

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ラパス3日目、ぶらぶらと街を歩いていたら、何処からともなく音楽が聞こえて来た。
これは??触覚がピーーーンっと立つ。
おっ!やっぱり綺麗な衣装の女性発見、カメラの用意だ!!

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これから祭りが始まるのか、靴を磨いている派手な衣装のセニョール。
何だろ何だろう?パレードかな?

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私達、ぶらぶらと歩いてて、偶然に面白そうな事に出くわす事が多い。
こう言うのホントワクワクしてくるな〜〜。

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おぉ〜〜年配のご夫婦決まってる!

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こちらは家族で記念撮影。みんな体型や顔立ちが似てる。

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私の撮影リクエストにも応えてくれた2人、可愛らしーーー!
一生懸命に笑ってくれようとする女の子と、ずっと変わらぬ表情のメガネの男の子、このちょっと固まっちゃった感じが良いねぇ〜。

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道路脇で見学する街の人たちも楽しそう。

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スーツや、綺麗な民族衣装でおめかししている人もたくさん見かけた。

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パレードはグループによって衣装が違うから、先回りして写真を撮っていたんだけど、ここラパスは大きなすり鉢状の地形をしている街で、底の部分が標高3,600mで、すり鉢の上は4,150mを超える。
その差500m。街から少し歩けばどこも急な坂道だ。

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歩いてるだけでもゼーゼーなのに踊ってるよーー!
ここは富士山より高いのに、踊ってるーー!

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それも年配の方が多い!元気だなぁ。

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さっきの家族が追いついて来た。女の子の踊りが決まってる!カッコいいね!!

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いやぁこんなに偶然パレードやカルナバル(カーニバル)に遭遇するのは2月だから?今は雨季で午後は雨がちどけど、良い時期だったかな?
楽しかったけど、ホント息が切れた。
あの坂をトランペット吹きながら踊ってるセニョールは、一体どんな肺をしてるんだ。
ラパスは都会だし、危険だし、3日くらいで出る予定だったんだけど、なんだか面白くなりそうな予感。

『Paceña』はラパスのビールの銘柄。

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昼間にメインの通りや、お土産屋さん、市場を歩いている分には危険な空気は感じない。カメラは出さないし、荷物も極力持たないし、スリには気をつけているけど。

買い食いを我慢して、お粥、茹で野菜や消化の良い物を作って少な目に食べていたら、お腹の調子もすぐ良くなったし、高所にも体が慣れてきた見たい。
最初からこうしていれば良かったなぁ。

街の様子を見ながら暗くなる前には宿にも帰って、かなりお利口さんな観光客だ。
明日はプロレスを見に行くぞ!




私も『世界ふしぎ発見』見ていますが、黒柳徹子さんの正解率にはいつも驚きですと思った人は、スーパーひとし君じゃなく、ポチッとね。

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2017年から世界最長の『トランスカナダトレイル』を基本に、夫婦でカナダを徒歩横断していますが、冬は南米でバックパックの旅をして、2018年5月にまた、カルガリーから旅を再開する予定です。


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by ayumiaruki | 2018-02-24 01:27 | Comments(2)
2018年 02月 22日

ペルー国境で、バスに置いていかれる。

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定







今日はついにペルーを出国して、ボリビアへ入国、首都の標高が世界で一番高い(3,640m)ラパスへと向かう。
ペルーのお金も、あまり残らないように調整して、コインは宿の宿泊者に札に換金してもらって、残りは札で120ソル。
準備万端!

クスコのバスターミナル、ここからはターミナルやバスターミナル内の盗難に気を付けないと。
それより忘れ物に注意?分かってます!トイレでも絶対にポーチは付けたまま。


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ペルーに入国した時、私は90日。フミさんは何故か70日のスタンプを押された。この違いは何なのか。

私達はすでに113日ペルーに居るから、2人で66日の超過だ。
「ペルーの滞在超過は緩くて1日1ドル払えばいいから、ゆっくりしたら良いよ」
な〜んて事をよく他の旅人から言われていて、超過分66ドル、キッチリ用意したけど、はたして出国出来るのかさすがに心配になってきた。
心配するの遅っ!!
南米が終わったら、ペルーのリマからアメリカへ飛ぶから、ペルーに再入国出来なかったら非常にまずい。


バスはTour Peru(ツールペルー)という会社で取った。ラパスまで3台のバスを乗り継ぎ、国境を越え、チチカカ湖を船で渡り16時間、ラパス到着は翌日の昼2時だ。
長距離バス移動が大の苦手な私は、バスに乗る前から具合が悪い。
トイレは近いし、すぐお腹壊すしホント旅に向いてない。
最初のバスは10分遅れで出発。よし順調だ。

夜中2時、エンジンが変な音を立て始めてバス停車、一時間程で出発したけど、バスは怪しい音を立てながら今にも止まりそうなスピードで騙し騙し動いている。
大丈夫かぁ?

朝方5時、乗客がバスから降り始めた。別のバスに移動するらしいとフミさん。

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おっとこれはいかん、ペルーでの早い者勝ちルールはよ〜く知ってる。
別のバスに乗り込んで座席確保。いつの間に来たのか、代わりのバスはショボくて小さい。1番後ろの最後の席をキープ!
後ろの席は酔いやすいからイヤだけど、トイレが近いからいいか。

スペイン語が分からなかった韓国の若い男の子は、後からバスに乗って座る場所もなく立ったままだったり、通路に座ってる。疲れてるのに可哀想だ。
座席隣のトイレに入ったら、、、ヤバーーイ!!一旦閉める。便器が流れないようで、中の汚物が溢れんばかり。これカーブで絶対に溢れてくる。

次に入った人も、無言で閉めた。
トイレ行きたい、、、、。

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バスが代わってからは順調に進んでいたけど、次の町プーノ直前でまた停車。
今度は何だよ〜。乗客の誰かが
「ガス欠じゃないのか〜〜?!」と冗談で言ったら本当にガス欠で、また停車。
1時間ほどして、一台のタクシーがペットボトルに入れたガソリンを持ってきて、また出発した。
もう嘘でしょ〜〜。


最初のバス乗り換え地、プーノのバスターミナルに着いたのは午前10時。
もちろん私達の乗り換えバスはすでに行ってしまい、次のバスは午後2時出発と言われた。
午後2時って、ラパスに着いてるはずの時間ですから!
と、文句を言う元気もなく、何だか頭が重い、、、。
標高が高いのはラパスだけと思っていたら、ここプーノも3,827mだった。
慌てて高山病の薬を飲む。普段から薬は飲まないようにしていたけど、どうやら私は高所に弱い体質のようで、ラパス前に買ってみたのだ。

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外のベンチで前日作っておいたご飯を食べて、凍らせておいたコーヒーとドーナツを食べたらちょっと元気回復。
時間もあるし、体も動かしたいからちょっと歩こう。直ぐ近くにチチカカ湖もあるけど、ネットを繋げたくてプーノの町まで歩いてみた。
食堂も屋台も随分安いみたい。場所によって違うんだな。
でも治安もあまり良くない感じだ。

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ターミナルに戻って、今日3台目のバスに乗り換え。

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何というかレトロな雰囲気のバスだな。
バスはさらに高度を上げて標高4,300m。
まずい標高が高くなると、私はおなかが緩くなるんだよーーー!
このレトロなバス、トイレ無いよーーー!

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国境が近づいてバスは一旦停車、ここでトイレと両替を済ませて下さいとのこと。ほっ
ペルーのお金は、全てボリビア通貨に変えた。
いよいよペルーともお別れだ。

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そしていよいよ国境だ!ドキドキ。
バスの運転手はとにかく早く終わらせて、ボリビア側にあるバスに乗るようにとの事。
何が早くだよ、早くなんてセリフはガソリン入れてから言ってくれ!(別のバスだけど)

一緒のバスだった日本人男性は3分くらいで終了していた。
私達の番、ドキドキ。
パスポートを見るなり別の窓口へ、担当者は上司と話しながら、書類を用意している。

「超過してますね」
「ハイ、ここに66ドル、、、、」
「いいえ、ソルで払って下さい銀行があります」
「でもソルはもうありません。ここに66ドル、、、」
「あと10分で閉まりますよ、直ぐに銀行へ行って、265ソル支払って!」

フミさんが銀行へ走ってくれた。

私は荷物番、ここで待ってるしかないか。
ゴロゴロ、、、まずいお腹、、、、。
「ドンデスタバーニョ?」(トイレはどこですか?)
「ここには無いよ、外の店」

外の店でまた聞く
「ドンデスタバーニョ?」

「ここには無いよ、あそこを真っ直ぐに行って、右に曲がって、、、、」

「スミマセン!ユックリハナシテ」


やっとトイレにたどり着き、出国審査の場所に戻るとまだフミさんが戻って居ない。
どうしたんだろう?
そしたら、息もはぁはぁ凄い形相で
「どこ行ってたんやぁ〜〜〜!!」

フミさんは両替所に行き、ペソを用意して出国審査に戻ったら銀行で払わないとダメだと言われ、バスの運転手には、待てないから荷物を降ろすように言われて、私を探して標高の高いボリビアとペルーの間を何度も往復していたようだ。
「ごめんなさーい!」

ペルー側の国境

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フミさんはまた銀行へ。私はバスへ行って荷物を降ろす。
運転手は少しの英語とスペイン語で

「このバスは間に合わない。次に来たあのバスが15分後に出発するから、それに間に合うならそれに乗れ、コレクティーボなら次の町、コパカバーナまで£%*×〆9\、、、、、」

わからーーーん!!
「モーメント!モーメント!!」(待って待って)

運転手「だからバスは待てない」
私「バスじゃなくて、話しが分からないから待って」

と噛み合わない会話をしていたら、英語を話せるアルゼンチンの男性が通訳してくれて、運転手に「もう少し待ってあげたらどうだ」とか、「もしバスに間に合わなかったら、ラパスに遅く着くより、この国境に泊まった方が良いよ」とか凄く親切にしてくれて、もう大好きアルゼンチーーーン!

でもバスは言ってしまった。
チーーーン、、、。

ボリビア国境で、寂しく残る我らのザック。

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その間、フミさんもモトタクシー捕まえて銀行へ行って支払い、また両替所に行ってタクシー代を両替、そして入国審査へ行ったら私がパスポート持ったままで手続き出来ず、またボリビア側に走ってと、大変だったようだ。

ボリビア側の国境、私は3往復ぐらい、フミさんは5往復ぐらいした。

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とにかく2人でまたペルー側の入国審査へ。
これで終わったと思ったら、ゆっくりゆっくり手続きする審査官、、、、。

次のバスまで行ってしまう!

そして今度は入国審査のコピー機の前で
「パスポートと、この書類を2枚、それにこっちの用紙とこれの裏を3枚、それから、、、、」

スペイン語!分からんーーー!!
私は分からないけど聞いているだけだったけど、フミさんがやり取りしていて、コピー屋さんへ走った!

????
何でコピー屋さん?ペルーの入国審査ではコピーしてくれないの?目の前にコピー機あるのに!
何だよぉーペルー!ガソリンも入れないクセに、そこはきっちりかい!

息も切れ切れで帰って来たフミさん、しっかり言われた通りの部数をコピーして来てくれた。

おぉーーーーキターーーフミさんの頼りになるCoCo壱番!!違ったここ1番!!


これでやっと出国審査が終わり、ボリビアの入国手続き。
こっちはすんなり終わり、ちょっと安心。
でも次のバスも行ってしまって、行列だったボリビアの入国審査もがらーーん。

ボリビア国境の村。

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さあ、これからどうするか。
まだ明るいし、とりあえず次の町コパカバーナまで行こう。
コレクティーボを捕まえられて、料金も言われていた通り。ここでやっと一安心だ。

今日4台目の乗り換え、コレクティーボ。

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呆然としたまま、車から眺めるチチカカ湖。
これが学校で習った、世界で1番高い場所にある湖か。

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コレクティーボは40分くらいで、コパカバーナの町に着いた。
さあ、どうするか。
ラパスに着くのは夜になるけど、宿はもう取ってあるし、バス停から近い場所にしている。
丁度そこにラパス行きのバスが通りかかって、もう出発するようだ。
よし乗ろう。急いでチケットを買ってバスに乗り込んだら、私達を置いて行ってしまった懐かしいバスの乗客がいるではないか!
さっきの日本人男性が「間に合ったんですね!」と声をかけてくれても、頭が動かず??だ。

どうやらあのバスは、この町で降りて別のバスに乗り換えだったようで、私達は偶然それに乗ったようだ。
チケット代返してもらわなくっちゃ。
でもこのバスの運転手も、チケット担当も、元々のバス会社も口を揃えて、それは君たちの責任だからチケット代は返せないと言う。

こんなこと言う前に、ガソリン入れろーーー!!

まあバスに乗れたし良いか。
今日5台目のバス。

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バスは今度、チチカカ湖を渡る。
乗客はバスから降りて船で渡る。どこから乗るのかさっぱりだけど、地元の人に付いていくとそれらしい船があった。

運転手が船代は2ボリですよーと叫んでいる。
船長に分かりやすいよう、1人2ボリずつそれぞれ渡したら、もらってない!と言い始めて、渡したよ!もらってない!の繰り返し。

もういい、ムシして乗ろう。疲れたわ。

次の人も、もらって無いと言われてて、ちょっとウケる。

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本当だったら、昼間のチチカカ湖を気持ちよく渡るはずだったのになぁ。

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船から降りて、みんな道路でしばしバスを待つ。
屋台のハンバーガーがいい匂いで美味しそうだけど、バスにはトイレも無いし、宿に着くまで食べない方が良いな、ガマンガマン。
バスはまだ来ないようだから、屋台のおばちゃんにトイレの場所を聞いて、どこかよく分からない店でお金を払って、またどこかよく分からない奥へ。
ここも水が出ないのか、、、早く手を洗いたいなぁ。




ラパスに着いたのは、すっかり夜中でバス停から離れた場所だった。
治安が悪いのは知っていたから、バスで一緒だった日本人男性と一緒にタクシーをシェアする。
疲れ果てていたけど、初めて街で夜中で、タクシーも安心出来ないのも知っていたから緊張だ。

彼も私達と同じ宿に泊まることになって、宿着いて、持参のご飯の残りを食べてから、やっとホッと出来た。



長い移動だったけど、ペルーへの再入国も出来るようだし、滞在超過にかかった費用が、諸々含めて1万円で済んだのは、やっぱり良心的なペルーのおかげ。
そしてあのすったもんだ、フミさんがスペイン語でやり取りしてくれてなかったら、もっと大変だった。

ガソリン、ガソリンと文句を言ってゴメンねペルー、楽しかったよ〜〜。
でもバスにペットボトルでガソリン入れる、、、、まあいっか、それがペルー流だ。

ちなみに、緩いとは言えお勧めしないペルーの滞在超過は、値上がりして、1日4ソル です。



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2017年から世界最長の『トランスカナダトレイル』を基本に、夫婦でカナダを徒歩横断していますが、冬は南米でバックパックの旅をして、2018年5月にまた、カルガリーから旅を再開する予定です。


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by ayumiaruki | 2018-02-22 06:11 | Comments(2)
2018年 02月 20日

ペルー最後、費用のまとめ

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定




あと1週間居ても良いくらい気に入ったけど、クスコもそろそろ出発するときだ。
次はペルーを出国してボリビアに行くことになる。
同じ南米でもボリビアは、最貧国と言われている、その分物価も少し安いようだけど、治安、習慣や人、食べ物はどんな風に変わるんだろう。

最初は何が売ってるのかすら分からなかったメルカド(市場)での買い物も、今じゃ近所のラルズ(北海道にしか無い?)で買い物するのと同じ感覚だ。
乾物類

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香辛料

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バケツからすくって、小さな袋に入れてくれるこのソースも、まず買い方が分からず、味や使い方も、お店のセニョーラに教えてもらった。
スープや肉野菜の煮込み、カレーなんかに良く使ったなぁ。ミキシートと言って3種類を混ぜてもらうと美味しい。

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でも私の料理より、泡泡祭り(2人の間ではこの名前で定着)の日に作ってくれたフミさんの親子丼がペルー自炊料理でダントツ美味しかった。
調味料は醤油と砂糖だけなんだけど、鶏肉の柔らかさ、卵の半熟具合、醤油の優しい味付けが絶妙だった。
はい私まだ鶏肉ブームです。と言うより完全に鶏肉中毒だ。サルモネラ入院中に毎食鶏肉を食べてから、鶏肉が食べたくて仕方ない。
でもペルーで一番安くて美味しくて、柔らかい肉は鶏肉です。

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クスコを出る前に!
忘れてはいけない(忘れてたけど)フミさんの誕生日祝いだ。

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ハズレのないアンティクーチョ。
ハツ(牛の心臓)を串刺しにして、イモと一緒によく屋台で炭火焼きしている。
最近屋台料理には気を付けていて、あまり手を出していないから、ちゃんと専門店で食べてみることにした。
店の炭焼き場。

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行ったのは、私がパックパッカー旅で時々参考にしている『ふたりでふらりゆるりとぐるり』という世界一周ブログで紹介していた『Condorito』というアンティクーチョ専門店。
このお二人が美味しいと書いてあると、どうしても行きたくなってしまう。
ワラスのトレッキングでも、ルート情報でとても参考になった、クオリティの高いブログ。

久しぶりの外食!朝からウキウキ。鶏肉以外の肉も久しぶりだ、と言っていたのに、また鶏肉を選んでしまった私は、かなり深刻な鶏肉中毒のようだ。
これを書いてる今も、鶏肉が食べたくて手が震えそうだ。
奥は何かの肉、手前が鶏肉。

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でも、この鶏肉が激ウマだった!
いや中毒患者だからじゃなくて、フミさんも鶏肉に感動していた。
お値段は、『ふたりで、、、』で紹介していた時の5ソルから、8.5ソルに値上げされていたけど、食べ放題サラダのなかの1種類が凄く美味しくて、この一皿でお腹いっぱい。
大きなコロッケみたいなRocotoを付けると、13.5ソル。美味しくてお腹いっぱいになった。

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『Condorito』
店の外側で炭火で焼いてる。
Avenida de la Cultura 通りから Tacna通りに入った辺り。
アルマス広場から歩いても30分以内。

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クスコを去る前に、もう一度ちゃんと見ておきたかったのは夜景。

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迫力満点どうだーっていう夜景じゃなくて、1人でもちょっと遠回りして見ていこうと思える、何故か落ち着くクスコの夜景が好きだ。

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ひときわ明るく見えるのは、泡泡祭りで白熱したアルマス広場。

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そしてなんて事ない夜の街並みも好き。

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よく歩いた通り。

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夜の太陽の神殿。

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4週間も居たクスコ。ワラス1ヶ月半の次に長かった町。ちなみにリマは18日。
パックパッカーで、同じ町にこんなに長いこと居る人はそんなにいないだろう。
ペルーでは、ワラスでトラッキングをする事以外予定もなかった。
来てみたら、ワラスで見た山々のダイナミックさ、アマゾン川や砂漠など、ガラリと変わる気候や自然。
素朴でちょっとシャイなペルーの人達や、民族衣装で良く働くセニョーラ。
そして最後にクスコでマチュピチュや、インカ帝国の事を少しでも知れたのが良かったな。



そして今日はボリビアへ。
その前に!忘れちゃいけない(お店のLove の飾り付けで思い出したけど)今日はバレンタインデー。
何よりチョコが大好きなチョコ男フミさんには、チョコレートケーキ&ビール。
店内は満席で、よく見たら女の子や、奥さんがプレゼントや花束をもらって嬉しそう。
町を歩いていても、レストランはほぼ満席で、やっぱり女の子が花束を持っている。

バレンタインデーも、元々はキリスト教、聖バレンティンにちなんだ日。
ペルー(南米も?)ではカップルや夫婦のなど男女の日で、チョコレートを渡したり、密かに好きだった人に告白という習慣もない。
この日は花束やカードなど簡単な贈り物をして、「おめでとう!」と挨拶をかけあう。そして家族やカップルで映画、食事に出かけるようだ。
でも、友情の日でもあって、
「Feliz día del amor y la amistad 」
(愛と友情の日おめでとう)
と言うのが決まり文句で、友人、知人にも声を掛け合って祝うそうだ。

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また長距離のバス移動になるから、バス内での食べ物も準備した。最後の自炊だ。
フミチャーハン2種、ゆで野菜、カボチャサラダ、味付き卵(醤油、砂糖、パクチー)。
親子丼だけじゃなく、チャーハンと卵料理はフミさんの方が上手。
買ったのは、果物、パン、チーズ、オリーブ、揚げたバナナ、豆など。
もちろんペットボトルのコーヒーは冷凍庫でスタンバイ、夕方にドーナツを買えば完璧だ。

あとはバスに乗ってボリビア!

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【今までかかった費用】
ペルーを出国する予定だけど、無事に出来るのかちょっと不安な問題も1つあるのだが、ここで費用のまとめ。

今回の旅は、カナダ縦断と南米も合わせて、2年間で4,000,000万円の予定だ。
出発前に、装備にかかった費用が62万円。

今回はザックを背負ってトレイルを歩く為、装備を軽量化する為に、かなりお金を使った。
装備を揃える前のリサーチにも時間をかけたし、こんなにお金を使ったのは初めてで、正直かなりビビったけど、これは本当に正解だった。
いつか装備の事も細かく書きたいけど、買った物で必要無かった物、買い足した物も殆どなかった。
歩くだけの旅でこれだから、命のかかった登山や冒険なら大変なんだろうなぁ。


【国別費用】
キューバ 28泊 (16万円)
アメリカ 48泊 (40万円)
カナダ 168泊 (80万円)
ペルー 112泊 (32万円)

旅開始から1年、今現在の残高230万円

装備(62万)、キューバ(16万)は有難い事に、旅資金の400万円以外のお餞別と、前回の台湾旅資金の残りで支払えた。
こんな好き勝手な旅をしながら、お餞別を頂くのはとても申し訳ない気持ちもある。
アメリカで40万円に抑えられたのは、長いこと泊めて頂いた方のおかげ。
そして忘れられないカナダでの最後の日々も。
ペルー滞在4ヶ月で費用32万円は、予想より抑えられてる。
ワラスのエルタンボが安かったのは本当に感謝だ。

この後の、アルゼンチン、チリの物価がかなり高いようだけど、なんとか抑えたい。

日本でそれぞれ働いていた時、1人2,000,000万円貯まったら直ぐに出発しようという目標で働いていた。
結果、フミさんが250万円くらい、私は200万ちょっと。
海外旅行保険60万円と、予備の米ドル10万円は、フミさんが出してくれた。

こう書くと、夫婦だから別に一緒でいいんじゃない?と普通は思うかな。
でも私達、旅の資金に関しては、それぞれ別々の場所で働いて貯める事が多いから、分けた方が目標がハッキリしてやる気が出る。

南米滞在もあと2ヶ月、その後アメリカのワシントン、ニューヨークに寄ってから、カナダ入りの予定だ。
お世話になった方や、家族、友人のためにも先ずは安全に旅をしたい。
でもちょっぴり冒険もしたい。

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誕生日を忘れてからというもの、随分フミさんを褒めてますねー。それって点数稼ぎですか?と思った邪まな大人のあなたもポチッとね。



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by ayumiaruki | 2018-02-20 03:45 | Comments(0)
2018年 02月 17日

クスコ市民が暴徒化する日

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定






マチュピチュから帰って来た翌日、昼からまたカーニバルがあると言うので町に出て見た。

ん?何だか町の様子がおかしい。
いつも歩道で寝ている犬達の姿が見当たらないな。

キャアーーーーーー!!

妙に静かだった通りの奥から若い女性の悲鳴が聞こえて来た。

そして走り去って行く若い男達、、、。


どうしたんだ?!いつも平和なクスコの町なのに!!


こっちの若者たちは笑顔で手を振ってくれてるぞ、でも手には何か握りしめている。
催涙スプレーか!?

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このお母さんは、真剣な表情で武器の点検中だ。

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そしてメイン通りに近づいた。
皆んな走り回ったり、さっきのスプレー缶を手にしている!

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何だかよく分からないけど、面白そうだ。
これは行くしかない!
と、どんどん歩いて行くと、皆んな泡だらけでキャーキャー言いながら走り回ってる。

実はペルーでは2月中旬から3月上旬の時期をカナバル(カーニバルのスペイン語)と言って、町の人総出のダンスやパレードがある。
カナバルは元々カトリックの行事で、ペルーはカトリック信者が多い。
カナバルの発祥は、イースターから数えて46日目「灰の水曜日」の前に行われた宴だと言われている。
クスコの水かけ祭りは「灰の水曜日」直前の日曜日。つまり今日なのだ。
パレードの他にも、生活雑貨や食べ物を木に縛って、参加者全員で少ずつ木を切り倒して行く行事もあるみたい。

これは3日前にメルカド(市場)にあった、コマードレの様子。
テーブルには、インカコーラ、クスケーニャ(クスコのビール)、チチャなど。

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水かけ祭りというより、泡かけ祭り。
2人組で背中を狙うとは、武士道に反する女子たちだ。
頑張れ少年。


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こっちの男の子は腰が引けてるぞ。
負けるな男の子!

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そ、そ、そうだその調子だ。
負けるな男の子!

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3分後、、、。
諦めた男の子。うん女子は強いね。
それにしても君は、何故に今日ダウンを着てきたのだ。

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いやぁ〜楽しそうだなぁ〜。
こんな小ちゃな女の子も、小さいスプレー缶持って、顔は真剣だ。
あ、後ろの真っ白なのは、さっきのダウンの男の子ね。

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ダメだこんな安全な場所から見てるだけなんて、もう我慢出来ない!
いざ出撃だーーー!
でも、カメラは防水の携帯にチェンジ!

早速攻撃を仕掛けてきた少年。

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この日は皆んな、知らない人に掛けても、掛けられても無礼講。
お父さんも、お母さんも真剣に泡スプレー攻撃だ。
えっと、外でシャワーでも浴びました?

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うわぁーやられちゃったねーと、子供達の写真を撮ってたら、ブァシャーーーン!!
私の腰に水風船ヒットーー!!
立て続けに首にも第2弾の水風船ヒットーー!!
の様子を笑ってる後ろの男性。

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これこれ、この水風船。

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これ、実はかなり痛い!
遠くから飛んで来るから全く気づかない。
スプレー缶もだけど、しっかり水風船も売られている。

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そんなのが見事にヒットしちゃった人。
オーマイゴット!!

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この5人はムカデで対抗する作戦。

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ムカデ集中攻撃ーーーー!!

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ムカデに攻撃しようとした人も、後ろからしれっと泡攻撃を受けている。

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ムカデ分裂後も攻撃される。

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大笑いして撮影していた我々も遂に攻撃される。

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なんか可笑しくて笑いが止まらない!

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観光客だからって、安全に見てられると思ったら大間違い!
こんなんなりましたーーーーと日本人観光客。

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こちらの欧米人も泡をかけられハイテンション。
泡合戦が1番激しいのは、町の中心部の公園、アルマス広場。
そのアルマス広場の周りには、観光客向けのバーや、お洒落なカフェがずらりとあって、優雅にビールを飲みながら眺めている、賢い観光客も多数。

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写真撮るよーーー皆んな泡泡泡で大笑い。

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泡攻撃にあった韓国人の女の子は、真剣に怒っていた。
写真撮っても、、、、、ノー!!
そんなに怒らないで楽しもうよ〜〜お祭りなんだから、ね〜〜。

泡スプレーを買って、地元の子供たちと走り回ってる観光客カップルや、バスでクスコに到着したばかりでアルマス広場に来たら、わけも分からないまま泡だらけになった欧米人男性は、Facebookにアップしながら自分でも大ウケしてた。

泡だらけになった私達もカフェに避難して、顔を洗ってから(なんか綺麗になった)窓辺でしばらくお祭り騒ぎを見てた。

これきっと南米だから許されるお祭りだよなぁ。
濡れると分かってても、カッパとか誰も着ていなかったり、あれだけはちゃめちゃしてても、真顔の人には掛けなかったり、見廻り警官の背中にチョコっとだけかけたり、やっぱりクスコは平和な町だ。
そう言えば、パレードはどうなったんだろ?泡に夢中で忘れてたけど、笑いの止まらない皆んながハッピーな1日だった。

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あんな泡泡を付けたまま家まで帰るなんて、私にはぜった無理です!と思ったあなたも、ポチッとね。




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by ayumiaruki | 2018-02-17 13:24 | Comments(0)
2018年 02月 15日

すったもんだのマチュピチュ遺跡

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー   クスコ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定



(余りにもザックリなブログの終わりだったので、追加しました」

私の母親は84才だが、チェーンソー片手に木工作品や石細工、家の壁も塗り替えるし、東屋もつくる。
とにかく思い立ったら夜中だろうと、一日中食べなくても集中してモノを作る人だ。
けれど私が17年務めた「クレオトラベル」という旅行会社のことを「クレオパトラ」と言い続ける。

好きなことには、恐るべき集中力と好奇心で探求するが、苦手なことは知ら〜んぷりぷり。

そんな母が昔からテレビ番組や、ドキュメンタリーが始まると、ピタリと動きを止めて見ていたのがマチュピチュ。
遺跡の名前や、当時の技術など専門家並みに詳しい。
でも私の会社は「クレオパトラ、、、、」

そんな母親がすーーーごく楽しみにしていたマチュピチュのブログ、今回はお母さんに送るよ〜〜。


前回のブログからの続き。

やっと自由にマチュピチュが見れると思いきや、トイレに貴重品ポーチを忘れたことに気付いた私。
2人のパスポート、クレジットカード2種類、カナダの銀行カード、カメラ、運転免許証、そしてマチュピチュチケットが入っている、1番失くしてはならないもの。

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やばい!やばい!!2人のパスポートはやばい!
忘れがちだから、いつもはポーチやカメラは絶対トイレの壁フックに掛けないのだけど。

はぁ〜疲れたからゆっくり座りたいなぁ(便座に)今回だけはちょっと壁に掛けとこ、、、、、。

と思った自分を鮮明に思い出した。

あの混みようだから、あれから10人はトイレに入っただろうか?

トイレまで走って戻り、2ソルも払うのかと内心文句を言ってた受付窓口を見て、少し希望が湧いた。

赤いポーチがある!

笑顔で受付お姉さんに「エスト!」(これ!)と言ったら、もぅ〜〜ダメねと、顔が言っていた。

中身はそのまま、すぐに誰かが持ってきてくれたそうだ。
マチュピチュの皆さん!高い高いとブツブツ言ってごめんなサーーイ!
マチュピチュ観光に来て、トイレに真っ赤なポーチを忘れたおバカさんの為に、受付に渡してくれた心優しいお方、ありがとーー!! 
こんな時の写真は忘れないフミさん。

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これでやっとマチュピチュだな。
あ〜長かった、、、そしてこれからってときに、、、なんか疲れてきた。
そして、、、真っ白だ。

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ガイドの人も、フミさんも朝のマチュピチュはいつも霧の中だけど、これから晴れてくるから大丈夫だと言う。
ホントかなあ。
実はフミさんは20年前にも、ここマチュピチュに来ている。
一度行った場所にまた行くなら、別の場所が良いといつも言っているのに、今回は私の為の南米だからと、また来てくれたのだ。
良いダンナさんです。
ポーチのことも、何も責めませんでした(ブログ用にすかさず写真は撮ってたけど)
素晴らしいダンナさんです。

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マチュピチュは何故こんな場所に?何の為に?という疑問。
ガイドの話では、最近は王や位の高い人達の夏の避暑地だったという説が有力らしい。


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真っ白だけど、私が想像してしたより遺跡はしっかりと形を残していて驚いた。


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そして所々、景色の見える場所に窓が作ってあり、インカ時代の人達もここに立ち、同じ景色を見ていたのかと思うと、ロマンを感じる。


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水のシステムは驚くべき完成度。マチュピチュ山の裏側から引いていて、生活用水、農耕などに今でも十分な量の水が流れる用になっているが、今は遺跡の麓に出来たホテルがその水を使っていて、遺跡に流れる水は少なくなってしまった。


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そして、いよいよ例の場所へ。
マチュピチュと言えば、ここからの写真でしょう。
じゃーーーん。

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白い、、、、、。
ワスカランでも雨だったしなぁ、やっぱりダメか。
でも雨季なのに雨が降らなかっただけでも良かった。
フミさんは、いや晴れると言っている。

そうしたら、本当に晴れた!
霧の中から突然姿を現したマチュピチュ遺跡には、本物だーという感じだった。写真や映像で何度も目にしているあの光景そのままだ。

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場所によって遺跡の見え方も変わってくる。

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マチュピチュ遺跡は、王の住まい、位の高い僧侶の住まい、王の親族や、王に仕えていた人達の住まい、そして王の子供達数百人は、男女に分けて生活し教育も受けていた。
王の後継は、まだ子供の頃に男子を集め、その行動力や、リーダーシップ、知性などを王が観察して決めたのだそう。

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遺跡の周りは深い谷と川に囲まれて、自然の要塞になっている。よく見ると、崩れないように石の壁がとても信じられないような角度で作られているが、実はマチュピチュを築くにあたって、見えていない石の基礎にその労力の60%が使われたそうだ。


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右手に見えるのが太陽の神殿と言われる場所で、この丸くカーブした石組みは高度な技術を必要とする。
ここの石組みは、近くで見ると他とは全く違っていて、特別な場所なのがすぐに分かる。
ここからは生贄のミイラも見つかった。

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太陽の神殿の石組み。今でも完璧な姿で残っている。

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まだまだゆっくり見ていたいけど、帰りのバスに間に合わなくなる。
帰りも朝と同じように石段を駆け下りた。今度は明るいから周りにも遺跡があるのがよく見えた。
そしてこんな階段も。

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そしてまたスタンドバイミーロードを歩く。

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スタンドバイミーロードを歩き終えて、屋台風の店でコーヒー休憩してから、集合場所に戻った。
朝4時に宿を出てから、何だかんだで歩きっぱなしだったから、この休憩で随分生き返った。
そして集合場所にはバスは居ないという、いつものパターンだけど、もう帰るだけだから気長に待って、他の人達もそんな感じで待っていたようだった。

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本当は色々書く予定だったんだけど、只今バスの長距離移動中で次のバスが出発してしまう。
という事で、マチュピチュ遺跡のブログこれにて終了。

マチュピチュ遺跡は、マチュピチュ村に2泊してもっとゆっくり見れば良かったかな、マチュピチュ山にも登りたかったし。
でもこの目で見れて良かった!

帰りのバスでは皆んな爆睡していた。

(余りにもザックリなブログだったので、後半少し追加でした、急ぎで書くとダメだな)




忘れ物の多さに開いた口がふさがらないと、すっかり呆れた私の家族です。
あら?私の口も開いたまま、だったらポチッとね。



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by ayumiaruki | 2018-02-15 09:12 | Comments(0)
2018年 02月 14日

色々やってもうた、マチュピチュ村への道のり

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー   クスコ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定






クスコはマチュピチュへの玄関口と言われているけど、貧乏旅行者はそう簡単に行ける訳ではない。
マチュピチュ村への選択肢は5つ。

① クスコから列車で1本
②クスコから乗合バスと列車
③クスコから乗合バスと徒歩(徒歩10km)
④3泊4日インカトレイルツアー(予約で一杯)
⑤3泊4日個人で歩く(km88という駅から)

私達はもちろん⑤キャンプしながら歩くつもりだったけど、ペルーの滞在期限も過ぎて時間がないので、バックパッカーにメジャーな③にした。
①は高いから問題外、②はマチュピチュからの帰りに、列車、バスで利用する人も多い。

③にしても、個人でバスと宿を予約して行くか、ツアーで行くか選択肢は2つある。

今回は珍しくツアーで参加する事にした。
理由は3つ。

①昨年からルールが変わり、ガイド付きじゃないとマチュピチュ遺跡に入場出来なくなった。
(実際には、ガイド無しで入ってる人もいるように見えたけど?)

②ツアーにしても代金の殆どがマチュピチュ遺跡の入場料で、個人とそれほど変わらない。

③見つけたツアーが良い条件だった。ラッキーと思った私がバカだった、、、、。

ツアー会社
『American Expedition』
プラサデアルマス近くの、角のビル2階

代金1人(260ソル、9,000円)
これは2度値切った価格です

*1泊2日ホテル代金(個室)
*クスコから水力発電所までの往復のバス
*初日の昼食・夕食・翌朝の朝食の三食付き
*2時間の英語ガイド
*マチュピチュ遺跡の入場料(152ソル:約5,000円)が料金に含まれている

マチュピチュ関連はとにかく、べらぼうに高い。入場料だけで152ソル?
アマゾン貨物船は4泊5日で100ソルだぞ。
と、文句を言っても仕方ない。




7時に宿を出る。
ドミトリー宿の部屋は満室なのに、メンバー全員が9時には消灯して、話す時は耳元で囁き、部屋を出るときは忍者のように忍足でそぉ〜と出入りする、スーパー模範的なドミトリー部屋だったんだけど、、、、。
前日夜に来た韓国の女の子2人は、夜中の3時に
ガサガサガサガサーーーーーー!!
謎のパッキングをし始め、音には全く気を付ける気配もない。きっと早朝集合のツアーにでも参加するんだろうと思ったら、、、、また寝た!
何で夜中の3時にパッキングする必要があったのぉーーー!?朝じゃだめなのぉ?

ドミトリーの部屋

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寝不足で6時起床、宿に必要のない荷物を預けて、7時に出た。
フミさん「あっーーパスポート忘れた!」
宿に戻り荷物をまた出してもらう。

5分後、、、
私「カッパのズボン忘れた!フミさんは?」
「俺もだ」
「、、、、、」
また宿に戻り、また荷物を出してもらう。
「私のカッパのズボンが無い!」
「もう時間ない行こう!」

あ〜あ、やってもうた①




7時半集合には間に合ったけど、売り子のおばちゃんから、カッパズボンの代わりにゴミ袋を買う。
どこかで無くしたのかな?出てこなかったらショックだなぁ。カッパのズボンごときと思うかもしれないが、またカナダを歩く時には重要な装備の1つだ。
日本のモンベルで買った、コンパクト軽量ズボンだったのに。

8時出発予定のバス例によって現れず、9時になってやっと出発したかと思ったら町中をぐるぐる走って、さらに出発が遅れた。

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途中の休憩場所で、ドライバーが「20分休憩」と伝えるが、そのドライバーが休憩から帰ってこなくて、バスはまた遅れる。
これもまあ、いつもの事だけどね。
乗客は、誰もここでは食事しない。サンドイッチとコーヒーで、15ソルとか誰も買うわけないし。
皆は朝食にパン、バナナ、ビスケット、水などしっかり用意している。

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クスコから、マチュピチュ村の近くまで車で行けるのは水力発電所まで、6時間かかる。
車のタイヤの調子が悪いようで、何度か止まって予備のタイヤに取り換えたりしながら(F1レースか!ってくらいツルツルのタイヤ)さらにバスは遅れて、ドライバーはやっとここで焦りだし、霧で真っ白な崖道で追い越し運転。

乗合バスの中、バスというよりバンかな。

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知ってる?タイヤツルツルだよーー!
バス乗客のチリ人が、危ないからそんな運転は止めてくれとお願いすると、チリの人間はいつも、速いだの遅いだの文句ばかり言うと、怒り出して険悪ムード。
水力発電所に着いたのは3時過ぎ。

「昼食はどうなったんだい?」
皆んなが思ってても言えない事を、チリ人が聞いてくれた。

ドライバー
「頼むからさ、俺に仕事をさせてくれよ」

「その仕事を朝からちゃんとしてくれたら、こんなに遅くならなかったんだよーーー」
日本人は心の底で思ったが、決して口には出さなかった。


まったくインカの血はどこへ行ったんだ、、、、ブツブツ、、、。
バスを降りても、どこへ行けば良いのか誰も分からず、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
(バスは慌てて、マチュピチュ帰りのツアー客をピックアップしに行った)
ツアー会社風の人があちこちで現れ、1人づつ名前を呼んでいるけど、皆んなどのツアーなのか分からない。ツアー会社風の人も分からない。
何だこの効率の悪さは!毎日やってるなら、旗くらい用意すれば良いんじゃないか?
インカ帝国では効率よく、、、ブツブツ、、、、。


取り敢えず、私達のバスの担当者らしき人に、くっ付いている事にした。
お腹すいた〜昼食込みのはずだけど、無しになったのか?
なんだか知らないけど、歩きだしたからまた付いて行った。

発電所から少し歩いたところ。列車の人はこれに乗る。

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何人かは、もう歩いてどこかへ行ってしまった。
どうしたらいいの?これから昼ご飯?さあ?
残った人もよく分からない。
説明もなく、手際と効率も悪すぎ!チリ人じゃなくたって怒るわ。

皆んな、よく分からないまま付いて行く。

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付いて行ったら食事場所みたいだ。
同じバスだった人は2組だけで、いつのまにか新たに15人ほどのグループが出来上がっている。
このメンバーが同じツアー会社なのかよく分からない。
これから歩くのに皆んな疲れて、呆れて、まったくね〜のムード。食事が終わったのは4時過ぎ。
ツアー会社の事前の説明では1時に昼食だったのに
これじゃあ、マチュピチュ村に着くのは夜になるよ。
ちなみにこのご飯は、マチュピチュを現しているんだそう。

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食後はみんな焦り気味で、かなりのハイペースで歩いた。普通に歩いて2時間と言われていたけど、ペルーで時間なんてあてにならない。
昼食メンバーそれぞれのペースで、マチュピチュ村まで10km、「スタンドバイミーロード」と呼ばれているこの線路道を歩いた。

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列車が来たら線路から避けるけど、ギリギリだったりする場所もある。
他のツアー客もいるけど、私達が到着した時間は遅いからか、それほどの人混みじゃなかった。

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2時間弱でマチュピチュ遺跡の麓、マチュピチュ村が見えてきた。
因みにマチュピチュ村は、もともとアグアスカリエンテスと言って、温泉もある小さな村。列車はあるが車では来れない。

何となく層雲峡温泉の雰囲気だ。

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6時頃マチュピチュ村に到着して、アルマス広場に行くと、ツアー会社の人が待っていて、宿の場所を教えてくれた。
一時間半後にまたここに集合して、皆んなで夕食のレストランへ行くとのこと。
なんか面倒だな、、、ブツブツ。
早く宿でシャワー浴びて一息つきたいよー。


ダッシュで宿に行ったら案の定、4人部屋のドミトリーだと言われ、私達はツアー会社に個室の料金を払ってます!と伝えて戦う。こんな事になりそうだと思っていたから、ここで諦めてはいけないのだ。
宿の人がツアー会社に電話したり、領収書を見せて説明したりして、やっとこ個室に入る。
まったく、、、、ブツブツ。

明日はマチュピチュ遺跡に行くから、朝の3時起き、さっさとシャワーだーーー!
始めての場所でシャワーを浴びる時は、服を脱ぐ前に必ずお湯が出るか確認する。
これ南米で皆が必ずしている事だと思う。

この部屋のシャワールームには窓が無いから寒い。
確認して、お湯が出たんでザァーと浴びたら水になった。
最悪だぁーーー!!

お湯が出ない時の手順。
①水量を弱める
②待つ
③一度止める、全開にするを繰り返す
④待つ
⑤セニョーラァーーーーー!!

などなどしてるうちに体は完全に冷え切って、裸のまま宿の人を呼んだ。
宿の人も色々してみたけど、ダメだった。
寒い、、、。
また服を着たら、お湯が出たと言う。
今かいっ!
もう集合時間だ、冷え切った体で集合場所の公園まで行く。

あーもう!ゆっくりどころか、手がブルブルしてる。
夕食とか適当で良いから早くあったまりたいし、肝心な宿の写真も撮ってない。

宿は線路前のこんな感じの場所にあった。

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集合場所にはもちろんツアーの人が居なくて、バスの乗客が集まってどこだ?どこだ?とウロウロ。
やっと現れたツアーの人とレストランへ行ったら窓無しの半分外形式のレストラン。

「いやぁ寒いネェ」
「そうだね、今日は何の日か知ってる?」
「今日は、やっとマチュピチュに来れた、、、、」
「ああああああーーーーー!!」
「やっぱり忘れてたね、誕生日おめでとう、、、、俺」
「ごめんなサーーイ!!」

やってもうた②
自分の誕生日もアマゾン川下りですっかり忘れていたけど、今回もこれっぽっちも頭の片隅になかったーーー。

食事はまあまあだけど、量が足りなくて宿に帰ってから持っていたバナナを食べた。

クスコで祝おうね〜ね〜〜。

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マチュピチュは、食事はもちろん、水もお菓子もバナナでさえ、クスコの2倍の値段。
重さが気にならないなら、水、パン、ビスケットなどクスコから持って来た方が良い。
メルカドなら6ソルくらいで食事出来るけど、遅い時間は閉まってる。

さて、宿で翌朝の朝食セットを受け取り、(パン、バナナ、シリアルバー)、荷物からカッパのズボンも出てきたし、またシャワーに挑戦だ。
次はフミさん、最初はお湯で途中から水ではないけど、ぬるま湯とも言えない水になったシャワーで冷え切って出てきた。
ダメだな。
宿の人が来て、また最初から、、、、、。

「明日は早いから、別の部屋で浴びさせて」
「オーナーが来るからもう少し待って」
「もう、良いから別の部屋で」
「もう少し」

結局部屋のシャワーはダメで、別の部屋でチョーーーぬるいシャワーを浴びたのは夜の12時、、、眠い。


翌朝、いよいよマチュピチュ遺跡だ。
ここでまた選択肢は2つ。

①マチュピチュ村からバスに乗って30分、遺跡入り口。
(4時50分宿出る)

②マチュピチュ村から、1時間ひたすら階段を登り遺跡入り口。
(4時宿出る)

バスの代金は2人で往復(160ソル、5,600円!!)
はぁ?!マチュピチュに行った人達が高い高いと文句を言っていた気持ちが分かる。


遺跡前に疲れたくないけど②でしょ。3時間寝て4時に宿を出た。
今日は遺跡の入り口に6時集合だ。間に合わなかったら置いていくと言われている。


歩きだとひたすら階段を登って、健脚なら1時間、運動しない人は2時間が目安だそう。
よし歩こう。

4時20分、階段前のゲートに着いたら、5時まで開かないという。ええっーー?あと40分も待つの?間に合うの?!

でも、どんどん人が来てあっという間に長蛇の列。
私達は先頭から2番目だったから、5時にすぐ階段登りに入れたけど、例のように5時になってから1人づつパスポートとチケットのチェックをするから、後ろの人達はかなり焦ったと思う。

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私達のように②で行く人は、ゲートで多少待っても、宿を4時頃出たほうが良い。
でも後でどっと疲れた。朝はやっぱりバスで行く方が良かったたな?

【注意】
ゲートにもトイレは無いし、遺跡入り口に着いても、6時までトイレは使えない。(トイレ2ソル)


ゲートが開いたらヘッドランプの明かりを頼りに(フミさんはヘッドランプを忘れてきた)犬やら人やら抜きつ抜かれつで、ひたすら階段を登る。
体力のありそうな若い欧米人も、ゼェゼェ言いながらハイペースで登っていた。

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ヘッドランプがいらなくなって来た頃、ゲートが遠くに見えたら、遺跡の入り口までもう少しだ。

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遺跡入り口到着!
人でごった返している。マチュピチュ遺跡の中はトイレが無いので、2ソル払ってトイレを済ませ、荷物を預ける(5ソル)遺跡入場後なら(3ソル)
遺跡内は大きな荷物の持込と、食事も禁止なので、ここで食べておく。
ゲート入った場所で、バナナ食べたりしてると、すぐに注意される。

食事はマチュピチュ山とワイナピチュ山はそれほど厳しくないようだ。

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英語ガイドの人と、また新たな英語圏ツアー客メンバーと落ち合って、やっと遺跡に入った。

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ここからは2時間ほど、ガイドの説明でマチュピチュを案内してもらう。

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【注意】
とにかく寒かった。朝の階段登りで汗びっしょりの後、霧の中でほとんど動かず説明を聞くから、またしても芯まで冷えた。
欧米人は短パン、なんで欧米人はいつでもどこでも短パンで平気なんだ?

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ガイドの説明が終わったら、やっと自由時間!
の前にトイレーーー!!

皆行動は同じだ。ガイドの説明後に一度遺跡から出て、2ソル払ってトイレへ行き、再度入場する。
入場出来るのは2度まで。もうトイレには行けないという事。
トイレも混んでて、なんかツアーも慌ただしくて大変だなぁ。

でもこれでやっと自由にマチュピチュ遺跡が見れる。
体力が戻って元気になってから来て良かった。

私「あっ!!!がぁああああああああぁーーーーー!」

フミさん「どしたっ?!」

「トイレに入場券と、カメラと、クレジットカードと、2人のパスポート忘れて来たーーー!!」

「やってもうた〜〜③」

次回、マチュピチュ続く。


実は私も公衆トイレのフックに、ポーチを掛けたまま忘れたことがあるんです。と思い出した人もポーチっとね。




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by ayumiaruki | 2018-02-14 12:21 | Comments(0)
2018年 02月 13日

そしてインカ帝国は滅亡した

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー   クスコ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定





引き続き、私が調べたインカ帝国の歴史

前に土産屋さんでパフォーマンスしていた人だけど、なんとなく物悲しい雰囲気だった。
今なら良く分かる。

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【フランシスコ・ピサロ】
先ずはこの男の話しから。
スペインのトルヒージョで、軍人の父と召使いの母の元に生まれたフランシスコ・ピサロ。

教育されず、文字も知らないまま育ったこの男と、たった180人の私兵部隊によって、石材建築、農耕、天文などヨーロッパより遥かに高度な技術を持ち、1,600万人もいたインカ帝国は滅ぼされた。

新大陸に渡ったスペイン人は『エル・ドラード』アンデスのどこかに黄金でつくられた都市があるという伝説に取り憑かれていた。
当時スペインでは、コンキスタドール(征服者)活動が盛んで、彼らは私兵を集めてアメリカ大陸を探索し、文明を破壊し、征服して金銀を略奪した。

ピサロもスペイン王室から「権利証」を手に入れ征服行に乗り出した。
権利証とは、征服の権利や搾取の特権だ。彼は王室から貴族の位までもらい、故郷で120名の荒くれ男を集めアンデスへ向かった。
国から資金や兵隊の提供はないが、黄金を略奪した暁には、一部をスペイン王に渡して、残りは自分達の物に出来るのだ。

フランシスコ・ピサロ

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ピサロ率いる230名の私兵と、37頭の馬は、3艘の船に分かれて出航した。
1回目はひどい逆風で前にも進めず、2回目は上陸はしたもののインディヘナの襲撃にあったり、ワニに襲われて多くの隊員が死んだ。
3度目の挑戦でようやくインカ帝国内部に潜入したのは180名。

この180名が歴史に残る大虐殺と情け容赦のない略奪をおこない、インカ帝国を滅亡に追い込む。

その当時、インカ帝国の王が急死して、母親の違う2人の息子、ワスカルとアタワルパの間で王位継承争いがあり、インカ帝国は揺れていた。

アタワルパは大部隊でクスコの城へ行くときに、ピサロの話しを耳にする。
「銀の足をした巨大な獣に威風堂々と跨り、黒や赤みがかった髭を生やしている」と。
巨大な獣は馬のこと、スペイン人が来るまでアメリカ大陸に馬は居なかった。

ピサロはそんな自分の容姿と、インカの伝説を利用してアタワルパの支持をとりつける。
インカの創造神『ビラコチャ』は白い肌と黒い髪の持ち主で巨人であったとされていて、それを白人で体の大きい自分に当てはめ、自身ビラコチャが支持するのはアタワルパだ。という噂を撒いたのだ。
今の時代なら、そんな噂ごときと思うが、当時のピサロの軍の持っていた鉄砲はインカには無いもで、インカ皇帝ワスカル軍では、ピサロをビラコチャだと信じてしまい、軍の士気は低下し、アタワルパの軍に破れ、アタワルパがインカ皇帝位につく。

ワスカル

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はじめ、王になったアタワルパが数万の軍勢を率いて、180人のピサロ軍と対峙したとき、そのあまりの人数の差に、戦後スペイン人達の処遇まで考えるほど余裕だったという。
半分は神の生贄、残りの半分は去勢(男性器を切断)して王宮で使役させる予定だった。


【カハマルカの戦い】
そしてピサロは、アタワルパに、カハマルカ広場での会見を申し込んだ。
しかし会見は最初から見せかけに過ぎず、ピサロは銃を構えた兵士を広場の周辺に潜ませていた。
素直な現地先住民を出し抜くなど、ピサロには容易いことだ。

聖書を持った従軍司祭が通訳をして、アタワルパに聖書を手渡す(だから、インカ帝国には文字がないんだって!)王はそれを地面に投げ捨て、キリスト教徒がこれまでインディヘナに対して行なった非道な振る舞いを糾弾した。

ピサロはそれを攻撃合図に、隠れていた私兵が一気に襲いかかった。
鉄砲、ホウガン、甲冑に鉄の剣を持った百戦錬磨の私兵に、インカ兵の石や骨で作った武器など歯が立つはずもなく、30分もたたないうちに広場にいた非武装のインディオ市民を含む4000人のうち2000人を虐殺したという。

スペイン人たちは体力のつづくかぎり、ただ剣を振るえばよかったのだ。

こうしてピサロは、わずかの手勢で4万ともいうアタワルパの軍を打ち破った。
捕らえられたアタワルパ王は彼らの目的が財宝だと知っていたから、膨大な金銀を渡す約束をする。
すぐにインカ帝国各地から続々と財宝が送られてきた。
ピサロはウハウハだっただろう。
金銀の一部をスペインの王にも送ったが、その重さ3トン以上と、もう訳の分からない量だ。
(しかし財政難だったスペイン王室は、この貴重な工芸品をすべて溶かして貨幣にしてしまった。)

アタワルパは、財宝だけでなく彼の妹もピサロに差し出した。
ピサロは皇女の妹をキリスト教徒に改宗させ「おてんばさん」と呼んで、彼女をたいそう可愛がっていたが、後に別の愛人が出来て、邪魔になったおてんばさんは自分の部下と結婚させる。

改宗名、イネス・ワイラス・ユパンキ

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財宝を受け取ったピサロは、インカ軍の反乱を恐れ、必要のなくなったアタワルパ王を裁判にかけ、スペイン国王に対する反逆罪と、兄弟殺しの罪で死罪にすることにした。
スペインでは異教徒の処刑は火刑と定められていたが、インカの王は代々香を塗ってミイラにする伝統的な遺骸信仰があって、アタワルパは自分の遺骸が焼かれることだけは避けたかった。
その為にカトリックに改宗しフアンという洗礼名を受けて絞首刑になったが、カハマルカの教会に埋葬された遺骸は数日後に消えてしまった。

アタワルパ

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ピサロはアタワルパ王の腹違いの弟にインカの王位を継がせた。
その最後のインカ王トゥパク・アマルも結局は捕らえられ、中央広場で斬首された。
処刑時、トゥパク・アマルが処刑台に登り、刑執行人が刀を取り出した瞬間、インカの全群衆が悲しみの叫び声を挙げ涙を流した。
トゥパク・アマルは右手をさっと挙げて人びとを静まらせた。
その毅然とした態度に、群衆は一瞬で静まりかえった。
それを見るとトゥパク・アマルは死を目前にしたものとは思えない態度で群衆に対しケチュア語で話し始めたと伝えられている。
1996年末に起きた、ペルーの日本大使館公邸人質事件で、ゲリラ集団が名乗ったのもトゥパク・アマルだ。

トゥパク・アマル

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【ピサロの暴虐】
スペイン人達はインカ人を人間とはみなしておらず、アタワルパの死後も暴虐の限りをつくした。
インカの人々の食料や備蓄保存食も全て奪い取ってから殺戮。
拷問、強姦。
後にピサロと荒くれ私兵の行為を告発した者も居たが少数で、逆に彼らが批判された。

「スパイスの王様」と呼ばれるシナモンが多く採れる国があると聞いたピサロは完全武装のスペイン兵340人、食料の豚2,000頭、荷物担ぎ、非常食のラマ2,000頭、合図で人間の喉を食いちぎる訓練済みの犬2,000匹、荷物担ぎのインディオを4,000人と言う大部隊でシナモンの国探索に出発し、苦闘の末到着するが、そこにはシナモンに似ている肉桂があるだけでヨーロッパで珍重されるシナモンはなかった。
怒ったピサロは連れて来た2,000頭の犬をけしかけインディヘナたちを殺し、それでも生き残ったものは火あぶりにしたと言う。

ピサロはインカ帝国を滅亡に追い込んだ後にも南米大陸の探索の手を広げたが、ピサロと同じように南米大陸に略奪目的で進出してくるヨーロッパ人は増える一方で、ヨーロッパ人同士の争いも起こるようになった。

ピサロ自身も仲間だったアルマグロと争い、処刑したものの、スペイン本国から「アタワルパを無罪の罪で処刑した」罪で死刑を宣告され、アルマグロの遺児一派にペルーで暗殺されてしまう。
埋葬されなかったピサロの遺体はミイラとして現在も残されているそうだ。
何故、誰がキリスト教徒のピサロをミイラにしたんたろう?

そんなピサロも、スペインから見れば「莫大な財宝を国に提供し続けた英雄」ユーロ導入までスペインで発行されていた紙幣に肖像が使用されていたほどだ。

南米では、インディヘナはもちろん、混血であるメスティーソの多くも自らのルーツをインカ人と考え、ピサロは祖先が築いたインカ文明を破壊した人物だ。
リマ建都400周年(リマはピサロがスペインに金銀を送る為に作った都)を記念にピサロの故郷スペインからリマ市に贈られたピサロの騎馬像は市民の反発で撤去された。(当たり前だ!!)
インカ帝国滅亡には、スペイン人が持ち込んだ、天然痘などの病気も大きい。

あんなにも神聖な太陽神殿や、全ての建物を破壊され、王もキリスト教徒に改宗され、結局は殺されて、インカ帝国の人達の悲しみはどれほどだったのだろう。

今はこんなに平和なクスコの町。

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これからも平和であって欲しい。

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クスコのアルマス広場にある像はクスコ王国を作った、パチャクテク。

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インカ帝国調べたら、ずっしり来たーーー。
さて、私もそろそろ儀式を行う時が来た。

『コーヒー解禁の儀式』

そう、退院してからも薬が終わるまでコーヒーやスイーツを我慢していたのだ。
でも朝晩の散歩で、儀式の場所はすでに決まっていた。
サンアンドレス(San Andres)通りの角にあるカフェ ペルラ(Cafe Perla)
カフェアメリカーノ(3ソル)で、セントロから程よく離れていて、コーヒーもマシンでしっかり入れている(のを窓から見ていた)
店の落ち着いた雰囲気がまた完璧だ。
ここなら、一週間ぶりのコーヒーを1人で味わう儀式にピッタリだろう。

一口目、、、、うわぁわわわ〜〜美味し懐かし〜

二口目、、、、おぉ〜〜ズシンと胃に来るね〜

三口目、、、、ううっ苦くて飲めない!嘘でしょ〜。半分しか飲めなかった。

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という事で、コーヒー儀式の後はスイーツ儀式も追加することに、、、
アイスなら良いかな?ここも散歩でチェック済み。
おぉ〜〜しみるねー。(4ソル)太陽の神殿前。

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あっドーナッツの儀式もついでに行っちゃうか!
うま〜い!南米に来てからこんなドーナッツ初めてだ〜。
ミスドに負けてない、あんドーナツみたいなドーナッツは「ドンナス」という商品名だった。

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宿のセニョーラも、いつも自炊してる私達に色々な地元料理を教えてくれて、おすそ分けしてくれた。

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チューニョのチーズ和え

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これも保存食、豆やトウモロコシの味が素朴で優しい。

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私達はフミさんが作ったカレーピラフをおすそ分け。

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テーブルと料理の色は黄金ですが何か?

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さてツアー会社で、マチュピチュ行きの予約もして、ついにマチュピチュだーー。

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今回は教科書みたいだし、内容が重すぎで無理っと思った人も、黄金伝説の話なら私も負けませんという、歴史大好きさんもポチッとね。



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2017年から世界最長の『トランスカナダトレイル』を基本に、夫婦でカナダを徒歩横断していますが、冬は南米でバックパックの旅をして、2018年5月にまた、カルガリーから旅を再開する予定です。


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by ayumiaruki | 2018-02-13 01:06 | Comments(0)
2018年 02月 08日

完璧でストイックな仕事をするインカ帝国の人達

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ペルー  クスコ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
 2018年5月にカルガリーから旅再開予定







この旅初めて入ったクスコの博物館。入ってみたらインカ帝国の歴史に興味が湧いてきて、調べてみたら面白くてもう止まらない。
教科書だったら、ふぅ〜んで終わったかも知れないけど、この町で?この道が!この公園でそんな事がっ?
毎日歩いているこの場所で起きたことかと思うと臨場感が違う。
例のように、皆さんには今更の歴史だと思うけど、私は初耳だらけの疑問だらけ。
こういう歴史を調べて書くのは苦手なので、間違っているところがあったら、是非教えて下さいね〜。


宿の近くにある壁画。
インカ帝国のはじまりから繁栄、スペインの侵略、略奪、拷問そしてこれから、インカの歴史が描かれている。

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約200年間続いたインカ帝国。最盛期の範囲はコロンビアからチリまでと広大だ。
その広大な帝国の首都がここ『クスコ』だったんだから、ロマンを感じるなぁ。
クスコは、ケチュア語で『ヘソ』という意味。

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驚くのはそんな広い領土でも、しっかり支配管理されて、政治行政組織がしっかりしていたこと。特に情報伝達には凄く力を入れていた。

クスコの町を中心に、末端の村から情報を集めたり、流したりしていて、その為に道は出来る限り真っ直ぐに作った。
駅には『チャスキ』と呼ばれる俊足の飛脚をおいて、それぞれの地点へ最短で行ける様に工夫されていた。
チャスキは3kmごとにいて、彼らはリレー方式で、時に険しい崖道を驚異の速さで走り、命がけで情報伝達の任務を遂行していたそうだ。

例えばサンティアゴからクスコまでなら、今の道路でも2,900km。これを3kmごとにリレーしたら、967人のチャスキが確実にリレーしなければクスコの王には伝達出来ないってこと?
誰か1人でもサルモネラで倒れたりしたら、おしまいだ。

そしてその道こそが『インカ道』その長さ何と40,000km。
道は完璧なまでに清掃と整備が行き届いていて、
草一本、小石1つ見逃さずに清掃されていたそうだ。

道には『タンボ』と言われる宿泊施設があって、旅人が休むだけじゃなく、物資の貯蔵保管場所にもなっていて、物品をとても合理的に管理流通していた。
あっ!ワラスの宿『エル・タンボ』は、ここから来てる名前だったんだ!

当時のインカの人達は、ヨーロッパ人なんて話にならないくらいストイックで、完璧な仕事をしていたんだな。

その仕事の1つが、険しい山岳地帯につくられたマチュ=ピチュの遺跡。
そんな精密な仕事をするのに、インカ帝国では文字を使用していなかった。キープと呼ばれる綱の結びで、記録や統計をしていたそうだ。
チャスキは文字無しの結び目だけで、重要な伝達リレーを967人でしていたのか、凄いな。

農業はジャガイモを主食にして、山岳部ではすでに灌漑施設をもつ段々畑で栽培していた。(外から水を取り入れてしっかり管理出来る畑)
クスコもマチュピチュも、この水の管理システムが完璧で、マチュピチュが今もそのままの状態を保っているのは、優れた水管理の施設があるからだそう。

トウモロコシ、豆、芋など食物の保存法も、今でもこの時代と同じように続けられているから驚きだ。
前にも紹介した保存食チューノもその1つ。

料理前のチューノ、ブニョブニョしていて、干し椎茸のような感触。

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歴史の勉強の為に、また作ったチューノスープ。
(嘘です、簡単だからです)

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さらにリャマやアルパカを家畜にして食べていた。これも今でもレストランでステーキが食べれる。牛肉に似た味で美味しいらしい。いつか食べたい。
写真はクスコの町から30分くらい散歩した場所。

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インカ帝国は太陽を万物の創造神として崇めて、皇帝は太陽神の化身として崇拝された。
首都クスコには驚くべき石造建築技術で、太陽信仰のための神殿や皇帝の宮殿が建てられていたけど、残念ながらスペイン人に全て破壊されて、今は基礎部分しか見れない。
当時どんな街並みだったのか見てみたいなぁ。絵とか無いのかな?

最も神聖な太陽の神殿『コリンカチャ』のあった場所。

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これは、そこにスペイン人が建てたもの。

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そんな神聖だった場所も、今は広場のようになっているが、この日はたまたま何かの儀式をしていた。
後ろに見えるカラフルな虹色の旗はクスコ市の旗。

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当時の石組みの壁が、恐ろしいほど完璧に残っているロレト通り。
インカ時代の名前はインティ・キジュ(太陽へと向かう道)その名の通り、太陽の神殿に向かうこの道も、神々しく神聖な存在。
私みたいな凡人が、のこのこ歩けるような道じゃなかった。

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有名な12角の石
石職人が腕を見せる為とか、遊び心とか言われている。
通常の石組みは、石と石を付ける糊材に、石灰などを使うけど、クスコの石組みは使っていない。
石と石の互いに精妙な凹凸をつけて、カミソリの刃も通らないほど完全に隙間なく密着させている。
この技術は、小さな石ならまだしも、100トンもの石となると、現在の技術でも難しいそうだ。

クスコ近辺には、巨石の遺跡もあって、大きいもので数百トンにもなる。
この巨大な石の運搬方法は今もなお、謎のままだ。

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スペイン人は占領後、インカの建物を全て破壊して、石組みの基礎の上に、いくつもの建物を建てたけど、大地震がクスコを襲い、それらの建物は壊れたのにも関わらず、インカ時代に作られた石組みの基礎はビクともしなかった。
この時代は、鉄器が無かったのに、ここまで精巧な石を築き上げたインカ文明恐るべしだ。

私はてっきり新しく作った石組みだと思っていた。
いったいどうやって、こんなに大きな石を正確に削って、組み合わせたのか、、、、今もそのままの形が残っているなんて、神業の職人だ。

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ただ何となく歩いていたけど、色々知ってからは改まった気持ちで歩いてしまう。

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太陽神に仕えた巫女達もいた。
彼女達は特別で、神殿で完全に隔離され、生涯神に捧げる酒チチャや、織物などの貢物を織っていた。
チチャも織物の製法も、今なおそのまま残っている。

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トウモロコシを発酵させて作る、酸味の強い酒チチャ。
インカ時代は労役の対価に、政府主催の宴会も開いたりして、このチチャや織物を与えていた。
酒と言えども、飴と鞭の飴の部分で、チチャは重要な役割を果たしていたようだ。
屋台で売ってる、紫色のチチャモラーダはジュースで全く別物。


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織物は、ちょっと見ていただけで、気が遠くなるような手間と技術だった。
おばちゃんは、大昔にお母さんに教わったんだろうな。

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織物が天才的に上手くて、実は祖先が太陽神の巫女だった人もいたりして。とか妄想が止まらない。

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巫女はときに生贄にもなった。
500年前のものとみられる保存状態の良い子供ミイラ3体は、毛髪の分析で数ヶ月前から劇的な食生活の変化があったことが分かったそうだ。
芋、野菜の食事から、肉、大量のアルコールと、コカへ。
中でも13歳の生贄の巫女は特別で、一年も前から特別な食事を与えられていた。
ミイラの口の中には大量のコカが見つかり、死亡時にはほとんど意識が無かったのではないかと言われている。

1年も前から自分が生贄になることを知っていて、その準備をする13歳の巫女。


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Photo by Google






【それなのに、どうしてインカ帝国は滅びたのか?】


インカ帝国ほど、黄金にあふれていた文明はない。
代々の皇帝は、その聖なる証として「黄金」に絶対的な価値を置き、広大な領地の中から集めた金を、クスコに運び込んでいた。
毎年、クスコに運ばれてくる金の量は、現在の価値にすれば、5,400億円!

毎年5,400億円の金をクスコに運んでいたの!?
年貢米じゃないのねーーーー!!

だから、世界で1番早く金銀の加工がはじまり、その細工技術はもちろん世界最高だった。

けれどこの黄金を狙い、遠いスペインから侵略者がやってくることになる。


続きはまた次回!!




僕の家の玄関口も、草一本、小石1つ見逃さずに清掃してるから、インカ帝国の血を引いてる?と思った人も。
私って編み物上手って言われるけど、ひょっとして祖先は太陽神の巫女だったのかしら?と思った人もポチッとね。




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by ayumiaruki | 2018-02-08 10:29 | Comments(2)