ただ歩いてゆく旅

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2018年 03月 27日

パラグアイへ

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】アルゼンチン ブエノスアイレス
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定





サルタからバスに乗って、パラグアイへ向かう。今回もバス泊だから、カマと言うグレードの良いバスにしたら、オヤツから始まって、夕食は美味しいし、枕と毛布は付いてるし、コーヒーはもちもんワインもお代わり出来て快適なバス泊だった。
やっぱり3列シートだとゆっくり寝れるもんだなぁ。

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パラグアイとの国境の町でバスを降りた。
あぢーーー!!
数日前まで高所で寒かったのが、いきなり熱帯。気温は36度くらいだろうか。
ちょうど1時過ぎくらいで、町の店はどこも閉まっている。
皆んなシエスタするんだなぁ。
仕方なく、またガソリンスタンドでエンパナーダの昼食。

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気温が少しでも下がるのを待って、国境まで歩く。
やっぱりあぢーーー!

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国境はボリビア、アルゼンチン間よりさらに殺風景だ。車の列は混んでいたけど歩いて渡る人は殆ど居なかった。

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出国、入国スタンプを押してもらって、この橋を渡ればもうパラグアイだ。
簡単、簡単。

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けど、あまりの暑さで頭が働かず、その後にバスがあるのをすっかり忘れて、タクシーに乗ってしまった。
ここで結構な出費。(4,000円くらい)
タクシーは、パラグアイの首都アスンシオンに到着。
思っていたより都会だ。

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そして今日の宿へ。
ネットで予約してあったのだけど、相場がよく分からず1番安いはずなのに無駄にプール付き。
と言うことは安くなかったんだ!早速移動しなければ。

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パラグアイに入ってから気になっていたもの、移動中も何度も見かけた女性が持っているこれ!
さて何でしょう?

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お土産屋さんでもたくさん売っている。

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正解は、パラグアイの人が愛してやまない『テレレ』が入っているポット。
マテ茶の冷たいものをテレレと言って、歩いていてもバスの中でも、1つのコップに刺したストローのようなもので回し飲みしている。
ストローのようなものは、何度も洗って使うので、食事中は衛生上ストローが汚れて好ましくないから飲まないそうだ。

左にコップがセット出来るようになってる。

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路上で両替していたおじさんも、素敵なテレレポットを持っていたから、写真を撮らせてもらった。
おじさんのテレレポットは鎖で繋げてある。

おじさんがしきりに中身も写せと言うので、よーく見たらお金かいっ!
色々な使い方があるテレレポットだ。


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それにしても暑いなぁ〜。今まで居なかった蚊もわんさか現れた。
久しぶりに刺されたらアレルギーみたいに腫れる。
ちなみに私は今回、ワクチンの注射は何も打っていない。

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プールのある宿から、この旅初めての日本人宿『らぱちょ』に行くことにした。
今まで日本人宿は、どちらかと言うと避けて来たけど、友人がここのオーナーと友達だったで行ってみたら、いやぁ〜楽チン快適。
安いし、洗濯機は使えるし、食器を洗わない人はいないし、靴やタオルが「何コレーーー!!」のレベルで臭い人も居ない。

クスコで最初に居た10ソルの安宿では、二段ベットの上の人が、タオルを掛けていてそれが臭過ぎて、下で寝ていた私達は本気でオエっとなった。あの、ふみさんがこれじゃ寝れないと宣言したっけ。
靴を履こうとしたら、野良犬の匂いでまたオエッと来て、何だ?どっから犬が入って来たんだ?と思ったら、隣のベットの女性の靴だったなぁ。
この2つの臭いはキョーレツ過ぎて忘れられない。
サルモネラになって病院に行ったり、大事にしている私達の鍋が油が入ったままの焦げだらけ状態で見つかったのもあの宿だ、、、。
日本人宿では、そんな心配が全く無い。

バイクで世界2週している宿の奥さんの話が面白かった。
読みたい本もたくさんあった。
旅をしていたら活字に飢える。

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もっとゆっくりしたいところだけど実は私達、もう残り時間がキツキツで、20年前にふみさんが出会ったアルゼンチンの友達に会う日数が限られてしまっている。
ここは心を鬼にして出発だ。

宿の近くに居たニャンコ。
犬派なのに、目ヂカラ強すぎて撮ってしまった。

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バスに乗って6時間。到着した宿ではご飯と味噌汁に納豆が待っていた!
日本の皆さんには「それが何か??」かも知れないけど、私達には「きぁーーーー!!」のレベルです。

ここは、パラグアイのイグアス日本人移住地。
『ペンション園田』では有難いことに、ご飯が食べ放題なのだ。そして時々お母さんが味噌汁を差し入れしてくれる。
さらに、先に到着していたチャリダーの大将こと、菊池君が納豆を用意してくれていたのだ。
この三点さえあれば何も要らない、幸せ過ぎる〜〜。


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ふみさんは、オーストラリア縦断の時に、アデレードで大将に出会っていて、今回は13年振りの再会だ。
その時はオートバイのかんいちさん夫妻とも出会っていて、3人ともまだ旅を続けている。
大将は今、ドローン持参で自転車旅をしているけど、パタゴニアの風で2個目のドローンを無くしてしまい、パラグアイのシウダーデルエステは南米の秋葉原と言われるほど、安くて品揃え豊富何だそう。
買ったばかりのドローンを試しに飛ばしてくれた。

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ここイグアスでは、南米ではなかなか食べれない日本食が食べれるという噂だったけど、噂は本当だった。
屋台の豚骨ラーメン、おはぎ、餃子、農協の佃煮どれも完璧に日本の味。
宿泊者の男性の気前の良い差入れ、刺身、巻寿司、焼きそば、ワイン、さらに竹の子の里で、宿の人は全員ノックアウトされた。
皆んなで食べたすき焼きは、園田さんのお母さんが好意で準備してくれて、多分材料費しか払っていない。1人100円か200円くらい。
冷やし中華、金平ごぼう、お茶漬けも食べたかったけど、パラグアイで出費する分にはいかないから、我慢我慢。
農協のゴーヤと、もやし、お母さんが買っておいてくれた豆腐で作ったゴーヤチャンプルも美味しかったけど、1番ノックアウトされたのは、卵かけご飯。
意外にも、もう一度食べれるなら、炊きたてご飯の卵かけご飯なんだよな、これが。

農協の新聞紙にくるんだ卵は、生で食べれるのだ。

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園田さんの庭にあるチリモヤや、アセロラも頂いた。
これは園田さんが植えた木だ。

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パラグアイの事は一気に書こうと思ったけど、園田さんの話を聞いたり、数日過ごさせてもらって、これは一気に書ける話しじゃないと分かったので、続きは次回。

アスンシオンの街を背景に。

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「それが何か?」の納豆ご飯は、我が家の夕食と同じですが「それが何か?」と思ったあなたもポチッとね。


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by ayumiaruki | 2018-03-27 08:07 | Comments(0)
2018年 03月 24日

アルゼンチン家庭の温かさ

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 パラグアイ イグアス移住地
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定



サルタに着いたら、ニコの従兄弟のルーカスが、わざわざバスに乗って迎えに来てくれていた。

彼は16歳の学生さんで、美容師の資格を取ろうとしているけれど、卒業したら1日も早く旅に出たいと話してくれた。やっぱりニコの影響が強いようだ。
ふみさんが旅した20年前はアメリカ、オーストラリア、ヨーロッパと日本人ばかりで、南米出身のバックパッカーには全く出会わなかったそうだけど、今回の1番多かったのは、アルゼンチン人のバックパッカーだ。

家の隣に立ててある、ルカスの部屋とベッドを借してもらった。

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その日はどこも出かけずゆっくりさせてもらう。夕方6時くらいに仕事から帰ったお父さんから、母屋にお茶に呼ばれた。ビスケットのような小さくて塩っ気のある硬いパンと、甘いパンが沢山用意されていた。これが夕食かな?
お父さんは、ガールフレンドがいっぱいいるルーカスの生活や、将来を心配していた。生活の為にも、まずはちゃんと美容師の資格を取ってから旅に出て欲しいそうだ。
私達からも少しそんな話しをして欲しいと言っていたけど、子供を心配する親心は世界どこでも一緒だな、お父さんと色々話したけど、とても理解ある人のようだ。

ルカスの家族。
お父さん、お母さんのアンヘラ、弟のフランシス4歳。
肝心のルーカスは学校で写っていない。

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夜9時くらいに、お父さんから夕食にお呼ばれした。さっきのは『メリエンダ』という夕食前のオヤツだったようだ。
アルゼンチンは『シエスタ』というお昼寝と、おやつの時間がある素敵な国なんだなぁ。

お母さんは夜勤の仕事をしていて、これから出勤で帰るのは朝の6時。お父さんは建設会社の仕事が終わって、これから4歳のフランにご飯を食べさせたり、シャワーに入れたり、大変だと思うので、夕食は遠慮させてもらう。
朝ごはんも、いつも食べないから何も要らないですよと伝えたら、ちょっと残念そうなお父さんの顔。
気を使いすぎか、こういう時はいつも迷うな。

翌日の昼ごはんは、ニコのお母さんから皆んなでお昼ご飯を食べましょうとお誘いがあった。
ルーカスのお母さんアンヘラのお姉さんがニコのお母さんで、道路を挟んですぐ迎えに住んでいる。

ニコのお母さんの名前はエルサ。
今日はエンパナーダを作ってくれるそうなので、私達もお手伝いさせてもらう。
まずは肉屋で大量の挽肉を買う。

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そしてイモ、玉ねぎ、長ネギ、などの野菜と大事なのがこれ、エンパナーダの皮。
餃子の皮よりもっちりしっかりしていて重みがある。
これを大量に買ったエルサ。そんなに〜?とおもったら。

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なんと、なんと、エルサは子供が8人もいる。
家は小さな小さな商店をしていて、広さは5畳ほど。とても質素な住まいで10人の家族どう考えても生活は大変なはず。
何か食材を買いたいと言っても、今日は私達が招待するんだからと言うエルサ。
それじゃあワインを買おうとしたら、店のワインがあるからという。
何か違う事で喜んでくれる事をしよう。

学校から帰ってきた子供たち。ダンボールの中の大切な物を見せてくれた。

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6匹の子猫。
家では親猫2匹も居るのに、エルサは困ったわね〜と笑っていた。エルサは何というか母の愛そのものだ。

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8人兄弟で2人だけが女の子。しかも双子で可愛い。

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今日は私達と、ルーカスの家族も入れて16人くらいだろうか、大量のエンパナーダ作りだ。
エルサは、手作りエンパナーダに興味津々の私達に、1つ1つ手順を教えてくれる。
まずは挽肉を炒める。
そして、玉ねぎ、茹でたイモと、香辛料を混ぜて。

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最後にゆで卵、ネギを散らす。

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これを皮で包んでゆくのが大変。
この皮に具を入れるのは餃子と同じだけど、包み方が面白い。

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エルサと妹のアンヘラはさすがの手さばき。早い早い。私達にもゆっくり教えてくれる。

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最初はとんでもないエンパナーダになったけど、慣れてきてエルサに褒められた私。
最後まで手こずっていたふみさん。

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じゃん!
ふみさんの、ブサイクなエンパナーダが大受けだった。

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100個は作ったかな?

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それを揚げたのと、オーブンで焼いたのと2種類出来上がり!
そして私達の為にワインを開けてくれた。
アルゼンチンに入ってから、何度も食べているエンパナーダだけど、これが売っているエンパナーダとは全く別物と言って良いくらい美味しかった。
サクサクの食感とジューシーな具。私達だけで何個食べた事やら。

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皆んな勢揃いで、エンパナーダ!
ニコが良く家族の話をしてくれて、旅に出る時は皆んな涙、涙で思い出すと悲しくなると。
家族も皆んなニコがどうしているのか聞いてくる。子供達はニコが大好き見たい。

この大家族の中で旅先での話をしているニコが想像つく。
でもニコが、血の繋がった家族ではない事は知らなかった。
お母さんは、私はニコの心の母だと教えてくれた。

どういういきさつかは知らないけれど、10人家族で大変な生活なのに、ニコを子供として引き受けたエルサとお父さんの寛大な心に、こちらまで熱くなった。

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翌日出発予定だったけれど、エルサから明日はアルゼンチンの大きなサッカーの試合があって、ビザを作って皆んなで観戦するから、もう一晩泊まったらどお?皆んな集まって楽しいわよと勧められてもう一泊する事にした。
翌日、エルサは私達が町に出かけるバス代まで出そうとするから「ダメダメ!!」と言って出てきた。町では昼からサッカーのユニフォームを着た人や旗を持った人が盛り上がっている。
さすがアルゼンチン!

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昼ごはんを食べにメルカドへ行ったら、ここでももう始まるのかっ?て勢いで大騒ぎ。
写真撮らせて〜と言ったらビールをご馳走してくれた人達。

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ここの店主は相手チームのファンだと、悪口で盛り上がっていたおじさん達。
とにかくアルゼンチン人は陽気で気さくで、よく声をかけてくれるから楽しい。

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ゲームは夜の9時からで、今日もピザ作りの手伝いをしようと思っていたのに、帰るのはゲーム開始ギリギリになってしまった。
けど、ピザ作りは始まっていなくて、このへんもアルゼンチン流。
小麦粉に酵母を混ぜて、生地作りから始める。
今日はエルサの友達家族も来ていて、さらに大人数だ。

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やっとピザの仕込みが終わった。
お母さんは大変そうだけど、子供達が良く手伝う。

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エルサは何枚のピザを焼いていただろう?
ピザはハムとチーズにオリーブというシンプルなものだけど、美味しかった。
和気あいあいとしていて、私達はエルサや子供達とずっと一緒に作ったり話したりして、家族の一員になったような気がする一日だった。
おもてなしは、ご馳走を用意する事だけじゃなく、心から相手を受け入れてくれる気持ちなんだなと、つくづく思う。
うまく伝えられないんだけど、皆んなよそよそしさがなくて、私達の為に色々してくれる気持ちが分かるんだなぁ。

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子供達がスペイン語は分からない!と言ってもどんどん話してくれて可愛い過ぎる。

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で、私達も何かしたくて密かに準備していたのが、フルーツパフェ。
なのに失敗したーーーー!!エルサが立派な泡立て器を倉庫の奥から出してきてくれたのになぁ。
前に私達がメルカドで食べたようなパフェを作ったら子供達が喜ぶかなぁ〜というアイディアは良かったんどけどね。出来上がりはただのフルーツクリーム。
でも皆んなは盛り上がってくれて良かった。

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ふみさんは『折り紙』を作って、これが皆んな大喜び。
注目されるふみさん。
サッカーは応援していたチームが負けてしまった。

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エルサがユニフォームに着替えて、アルゼンチンの国旗で記念撮影。
私の隣、紺色Tシャツがルーカス。3日間私達に部屋とベットを貸してくれ、今日は町を案内するとまで言ってくれる、優しい青年。

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そしてニコからのプレゼントを預かっていると言って、これを渡してくれた。
インディヘナの人達も使っている布で、私が家に送ったものよりずっと質が良い。
宿にいた時も、ニコが誰よりも節約していたのを知っている。
今だって友人宅に泊めてもらいながら、路上で歌ったり大道芸をして旅の資金を稼いでいる。
なのに、こんな大切なモノを私達に用意してくれていたなんて。

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さらに長男のヘスースは、CD をプレゼントしてくれた。
私達はニコがよく歌っていたアルゼンチンのフォルクローレ『プエンテ・カレテーロ』が大好きだった。その後、他の宿で誰かがこの歌うのを耳にするたびがっかりしていたものだ。
それを話したら「ニコがこの曲を好きになったのは、僕のCD を聞くようになったからだよと」プレゼントしてくれたのだ。
本当に胸が熱くなった。お母さんといい、家族といい、ニコの優しさや温かさは、この家族がベースなんだなぁ。

ヘスースは物静かで落ち着いている。弁護士を目指して大学に行っているけど、美容師の資格も持っていたり、DJをしていたり趣味も多彩。
ニコの音楽好きは、彼の影響なんだそう。

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翌日は昼前に出発しようとしたら、ルーカスのお父さんが、今日はチョリパンをするから、食べてから出発したらどうだい?と。
ルーカスのお母さんも、皆んなも楽しみにしているから食べて行きなさいと言ってくれて、それじゃあと、またしてもご馳走になる。

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チョリパンは、焼いたソーセージをパンに挟んで食べるアルゼンチンの代表的なサンドイッチで美味しい。

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大きなソーセージをこんな風に焼くのがアルゼンチン流。

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そして皆んなとワイワイやっていたら、バスの時間に間に合わなくなり、お父さんがタクシーを呼んでくれて、ルーカスにお金を渡して私達と一緒にタクシーに乗せた。ヘスースも一緒に来てくれる。

お父さん大丈夫、タクシー代払うよーー!!
本当にみんな、気を使ってくれて優しすぎる。

タクシーの前で皆んなと、お別れのキス!キス!キス!
エルサは泣きそうになるし、私も危なかった。
なんだか、歩き旅を思い出すような、温かい家族との出会いだった。





私の餃子も、エルサに負けないくらい美しいですという人も。餃子は手っ取り早く『王将』で食べます!という人もポチッとね。




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by ayumiaruki | 2018-03-24 11:44 | Comments(0)
2018年 03月 19日

ニコと、仏教徒のミュージシャンと、マンガオタクのアルゼンチン人

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 パラグアイ  アスンシオン
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定






今日はボリビアを出国してアルゼンチンへ入国する。
歩いて出入国するのは初めて。日本人の感覚ではちょっと不思議だ。
ボリビア側からアルゼンチンへ入るには、長蛇の列で3時間くらいかかると聞いていた。
まともに歩いてない私達(私だけか)たった3時間でもザック背負っていたらバテそうだ。自分がカナダを横断していたなんてもはや夢のよう。
筋肉で筋張っていた腰回りやふくらはぎも、ぷにゃぷにゃだ。

それは良いんだけど、腰痛持ちなんで、そろそろ筋肉を付けておかないと、ギックリ腰やら何やらになって、面倒な事になる。
私の場合は、かかとがピリピリと痛くなってきたら、まずいサインだ。

という訳で、国境近くでカフェを見つけて一息。コーヒーが一杯10ボリもした!


国境には特にゲートがある訳でもなく、見張りが居るわけでもない。入ろうと思えば誰でも入れるけど、もちろんスタンプが無いと不法入国になる。
人混みといくつかの列があって、何処に並んだらいいのかよく分からない。


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フミさんが係りの人に聞いて、30分くらい欧米人バックパッカーとアルゼンチンの列に並んでいたけど、これはブエノスアイレス行きのバスがなんちゃらで、結局違ってた。

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今度はボリビアと書かれた簡易的なプレハブ小屋の列に並んでまた30分。ボリビア入国の時に渡された書類と、パスポートを渡してスタンプを押してもらい、荷物をX線に通しただけで終わった。
ボリビアの出国スタンプは無しで良いそうで、入国はチェックが厳しいかと身構えていたのに肩透かしだった。

でも私達の前で並んでいたボリビア人の夫婦は入国が認められず、随分抗議していたけど門前払いされて、大量の荷物を背負ったまま途方に暮れていた。
はるばるここまで来たんだろうに。またあの荷物で故郷に帰るんだろうか。

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アルゼンチン側に入ってから500m位は、殺風景な埃の舞う道路が真っ直ぐ続く。
少しだけ残っていたボリビアコインと、アルゼンチンの札を使って、屋台のジュースを買った。
国境の町はメルカドや小さな店でも、両方の通貨が使えるところが多い。

アルゼンチン側の国境の町、ラキアカを通り抜けて、バスターミナルに到着。
古い木造の建物や食堂が少しあるだけの田舎町だけど、ボリビアのごちゃごちゃした感じとは雰囲気が違う。町に統一感があって古いウエスタンムービーの舞台のようだ。
通りに出ているおじさん達も愛想が良くて、気軽に声をかけてくる。
距離はほんの1キロしか違わないのに、国境とは面白いもんだ。


子供が座っているのがアルゼンチン、バックパッカーがたっているのがボリビア。川を挟んで国境が変わる。

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バスからアンデスの山並みを眺めるのもすっかりお馴染みだけど、ここから先はしばらく山脈から離れることになる。

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地形が面白い。

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2時間ほど揺られてTilcara (ティルカラ)という小さな村で降りた。
今回は、ワラスの宿『エル・タンボ』で仲良くなったアルゼンチン人のニコに会うためにアルゼンチンに来たけれど、そのニコがきっと私達が気にいるはずだから是非立ち寄ってとお勧めしてくれた村だ。
アルゼンチンと言えば、チェ・ゲバラの生まれた国。

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村を歩いて、適当な宿を見つけて一息。
あ〜こういうのが旅だよなぁ。
こんな小さな村、きっと日本人は来ないだろうし。
宿のおじさんと。
アルゼンチンのチエックアウトは10時で時間厳守が多い?

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宿はネットが無いから、ちょっとセントロ(中心地)まで歩いてみた。小さな村だからほんの5分でセントロだけど、以外にお洒落な店が多い。
そしてアルゼンチンと言えばワインと、アサード(バーベキュー)

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どんなに小さな商店でも、何種類ものワインが並んでいて、夜でも肉屋は開いている。
Wi-Fiの使えるカフェは予想通り高くて、入れたもんじゃない。
取り合えずネットカフェで用事だけ済ませた。
ネットカフェと言っても、古いパソコンが数台並んだだけのもの。
夕食もメルカドで果物を買って済ませる。
物価が高いと急に行動範囲が狭まって不自由だなぁ。

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どんなに物価が高くなっても景色は無料。
翌日は小さな山に登ってみたけど、これが凄く良かった。
アンデス山脈も場所が変わると、山の色や空気も違う。
ここの乾いた土は、アリゾナを思い出す。

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通って来た道がよく見える。

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ここで、パンとバナナのランチ。靴も足も乾いて最高!

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景色は無料だけど、入場料は有料。
サボテン公園は1人800円もしたから、入口から覗いて終わり。

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村をぶらぶら歩く。

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鏡?

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アルゼンチンの神様マラドーナと、スーパープレイヤーメッシ。
マラドーナの存在は今でも特別。アルゼンチン人に彼のことを聞いたら『ディエゴ』と呼ぶ。ディエゴという名前はアルゼンチンに多いけど、アルゼンチン人がディエゴと呼んだらそれはマラドーナの事なんだそう。
分かったような、分からないような、、、とにかく特別なんです!

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なんて事ないレストランだけど、絵になる。

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さあ、どこでご飯を食べようか?頼りのメルカド定食も500円くらいと、それなりの値段だ。
こんな時は、困った時のエンパナーダ。一個100円くらい。

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メルカドで買った、りんごも一緒に食べて良い?
良かった、良かった。
ペルーやボリビアにもエンパナーダはあったけど、具の感じとか皮も全然違う。
エンパナーダに関してはアルゼンチンが1番だな。

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バスターミナルに戻って、今度はニコが居るフフイへ向かう。
これがターミナルちょっと迫力。

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フフイは街だけど、この日は日曜で、店はどこも閉まって閑散としていた。
南米は基本的に、日曜はレストランも商店も閉まっていて、最初はびっくりだったんどけど、アルゼンチンはシエスタというお昼寝文化があって、午後から2〜3時間くらいまで、店という店は全てしまる。
これが旅してる側にとっては非常に不便なんだなぁ。住んでいたら大歓迎な文化だけど、その分夜は遅くまで営業する。

で、目当ての宿も見つからなくて、ウロウロしていたら、この男性ホアキンさんが声をかけてくれた。
宿は彼の友人が経営していたけど、閉めて閉まったそうで、別の宿を探してくれて、ちょうど出かけるからと宿まで案内してくれた。

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宿は、なかなかいい感じ。そしてホアキンさんもとてもナイスガイ。
彼は数年前にクリスチャンから仏教徒になったそうで、それ以降心の中が落ち着き、いつもピースフルだと話してくれた。
海外では、こんな時の流れで、それであなたは仏教徒なの?と普通に聞かれる。
「仏教徒みたいなものだけど、そんなに熱心に勉強はしていないよ」
と答えると、やっぱりよく伝わらなくて、それから説明する。
例えば、旅が終わって日本の家に帰ったらまず最初にお仏壇に手を合わせてとか、お葬式ではこうしてロウソクに火を灯し、でもクリスマスケーキを食べて、お正月は神社へ行くよと。

ホアキンは日本の「強いて言えば仏教徒になるのかな?」という普通の日本人と仏教の関係をすごく熱心に聞いていた。

私達にはちょっと高かったけど、感じのいい宿だった。何が良いってアルゼンチンの人はみんな愛想が良いね。いつもニコニコしてる。
 
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その夜は公園でニコに再会。
フミさんを思いっきり抱きしめて、全体で喜びを表現するニコ。
そうアルゼンチンの人はスキンシップが大事、そして距離感が近い。

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ワインと炭酸水を買って割って飲むのがアルゼンチン流。
ニコは3年以上かけて南米を旅していた。ワラスのエルタンボで出会った最初の印象は、とびっきりの笑顔とフレンドリーさ。
そして誰より聞かせるギターと歌。もっと上手い人はいっぱいいるかも知れないけど、ニコの歌は何かが違うんだよなぁ。
公園で語り合った。ニコも南米を旅して、来て思うところがたくさん会った。
特にポトシの鉱山は、南米の縮図そのものだと熱く語っていた。
アルゼンチンにもかつては多くの言葉、部族があったけれど今は何も残っていない。


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そんな事を話していたら、1人の男の子が何度もこっちを見ながら話したそうにしている。
しばらくしてから、何か持ってベンチまで来た。
日本のアニメのフィギュアと彼が描いたマンガだった。
見るからに、アニメ好きオタク風の男の子だ。私達に声をかけるのは相当に勇気がいったに違いない。描いたマンガを見て欲しいと言う。もちろん!

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私はマンガをほとんど読まないけど、ネットで調べたというカタカナを書いたり、日本のアニメ命なのが伝わる。
「カタカナが凄く上手に書けているし、プロみたいだね」と話したら凄く嬉しそうだった。
日本のアニメの影響力は凄いなぁ。
外から見ると、仏教徒でアニメのメッカ日本って不思議なんだろうな。

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翌朝は、昨日ゲストハウスまで案内してくれたホアキンが、CDを持って来てくれた。
歌手でCD を出しているとは言っていたけど、こんなに本格的だとは思っていなかった。
CD はソニーから出していて、今月ブエノスアイレスでライブをするようなので、見てみたいな。

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CD にサインしてもらう。

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ホアキンから夕食のお誘いもあったけど、今日はサルタへ移動しなければならない残念だ。
彼はなんと、創価学会の勉強をしているそうで、アルゼンチンにも信者がたくさんいるそうだ。

「日本では創価学会はどう思われてるの?」
「う〜ん、ある政党と深い繋がりがあって」
「コウメイトウだね」

「新聞を出していて」
「セイキョウシンブンのことだね」

ホアキンは英語が堪能なんだけど勉強しているだけあってとにかく詳しい。
今日も「何妙法連、、、、」して来た。と言って空でお経を唱えていた。
私は創価学会が「何妙法連、、、」と唱えることすら知らなかった。
ホアキンの前では、仏教徒みたいなもの、とすら言えないなぁ。

創価学会とアニメ繋がりで声をかけられたけど、等の私はどちらも良く知らなくて申し訳ない。

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そしてニコとまた落ち合って、メルカドで一緒にランチ。3人でワインも飲んで1,000円ちょっと。
アルゼンチンでも地元の人と一緒なら、そんなに高くない場所で食べれるんだな。
レストランで歌ったり、ジャグリングで稼いでるのに払おうとするニコ。
「ノー!ダメ、ダメ。次はニコが日本に来た時に寿司をご馳走してもらうから」

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サルタへはバスで行く予定だったけど、ニコが交渉してくれて、タクシーの方が安いんでそっちにした。
ありがとうニコ。

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バスターミナルには、ニコの従兄弟が迎えに来てくれることになっているけど、ネットが繋がらないと連絡が取れない。
アルゼンチン困った時のガソリンスタンド。

こんな綺麗な店内も久しぶり。

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アルゼンチンのガソリンスタンドは、ちょっとした軽食セットが用意してあって、Wi-Fiの使える場所もある。
1番小さいコーヒーで180円くらい。今までの物価を考えるとうっそおー!な値段だけど、アルゼンチン内では安い方。小さなコップに炭酸水と、クッキーが付いてくるのがちょっとオシャレで、ボリビア、ペルーとは違うなぁと思う。

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今日はニコの家族の家に、お邪魔させてもらう予定だ。
こう言うのも久しぶりで、ちょっとワクワクだなあ。





「南無妙法蓮華経」の七字で「法華経の教えに帰依をする」という意味である。
さて⭕️か❌か?!

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2017年から世界最長の『トランスカナダトレイル』を基本に、夫婦でカナダを徒歩横断していますが、冬は南米でバックパックの旅をして、2018年5月にまた、カルガリーから旅を再開する予定です。


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by ayumiaruki | 2018-03-19 08:14 | Comments(0)
2018年 03月 16日

ボリビア大統領エボ・モラレス

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 パラグアイ アスンシオン
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定






ボリビアのポトシから、普通はアルゼンチンのサルタまで一気に行くところ、長距離バスはどうも苦手で、国境の町Villazon(ビジャソン)に泊まることにした。

乗ったバス会社は「BOQUERON 」(ボケロン)私達の為にあるようなバスだ。

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アルゼンチンの物価はうなぎ登りで、ここ3年で2倍にもなっている。
日本と変わらないか、物によっては高いものもあるぐらい。
それならボリビア最後のビジャソンで豪遊しよう!と言っていたのに、やっぱりメルカド(市場)の食堂で定食を食べる。

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宿の一階がレストランになっていて、わりと混んでいるし人気なのかなと、一度食べてみたけど、ボリビアで1番イマイチな味だった。
やっぱりメルカドが間違いない。
ずっと気になっていた『ソパデマニ』(ピーナッツのスープ)は、コクがあって美味しかったし、ボリューム満点だ。

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この町はカフェも無いし、まぁ特に何もない。一泊の予定だったけど、偶然見つけた宿がこれまた安くて、南米旅で1番素晴らしいホットシャワーだったんで、もう一泊する事にした。

部屋は(ボリビアの)普通宿だけど。

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『HOSTAL SANTUSA』
ツイン60ボリ
国道14号線沿いの白い建物。駅を過ぎて5本目くらい。
ふみさんのブログに詳しい地図あり。

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3階だけど窓からの景色も良かったし、洗面台もお湯だから洗濯が楽ちん。
宿が空いてるから、共同のトイレシャワーは誰も使わないし、超ホットなシャワーの水量は日本並みで、最初っからこんなに飛ばしてたら、いつかピタリと止まるんじゃないかとこっちが不安になるくらい。
でも最後まで水量変わらずで、凄い凄いと褒めまくった。
(最初の5分は水だから出しっ放しにする事)

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けどキッチンは無い。どうしてもコーヒーが飲みたくて町を歩いてカフェを探したけど見つからない。
やっぱりメルカドだ。
パステルという前にも紹介したパイのようなパン?揚げたてにかぶりつくと、大げさじゃなく熱風が襲ってくる。

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でも熱々サクサクで、中のチーズがとろけ出てくる。たまらん!

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店の開いてる時間が短いのが残念なんだなぁ。何度目かに行ったら、ちょうどおじさんが店を開けたばかりだった。

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注文してから揚げてくれる。
急いで揚げてくれたからか、油の温度が低かったのか、この時は膨らまないパステルだったけど、おじさんと2人だけで、多分噛み合ってないと思うけど、会話が楽しかった。

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シンプルだし、ありそうなのに、なぜかどこにも無かった味と食感。結局ボリビアのスクレからこの町まででしか見なかったな。食べまくっておいて良かった。
これのためなら12時間またバスに揺られて、ボリビア行っても良いくらい。ウソ2時間なら良い。

紫色のドロっとした飲み物『アピ』もセットでよく売っている。甘いけど美味しい。

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ボリビア=ウユニ塩湖のイメージだけど、私にはラパスの町とデモ、果てしなく続く高所の地形、そして鉱山が忘れられない。

ボリビアの面積は日本の約3倍。意外に大きい。
3分の1がアンデス山脈で、6000m級の山が14座もある。
そして国内の都市の半分近くが標高2000~4000mにあって、ここビジャソンだって地味に3,500mだもん標高の感覚がおかしくなる。

実はボリビア、かつては太平洋にも面した広大な国土があった。
けれど、チリとの戦争に負けて海と港を失った。次はブラジルとの戦争に負けてゴムの生産地を失った。さらに3度目はパラグアイとの戦争に負けて、65,000人の戦死者を出し、財政は崩壊状態。3度の戦争に負けた結果、国土は半分になってしまい、5つの国に囲まれた海を持たない国になった。
けど当時の海軍は解散せずに今も活動している。チチカカ湖とアマゾン川で、、、。
なんかボリビアって不憫だなぁ。

歴史を遡るとクーデターも多い。
チェ・ゲバラが最後に処刑されたのもボリビアだ。

ラパスのデモも後でネットで調べたら、日本から発信している情報では、この日はなるべくラパスへ行かないようにとか、興味本位では決してデモに近づかないようにとあった。
確かに興奮した群衆ほど怖いものはないと私も思う。日本に居たら『ボリビア+デモ=危険』と考えて当然だ。
実際やっていることは道路の全面封鎖だけど、いたって平和的な市民のデモで、夜は街中が祭りのあとのような熱気に包まれていたのも印象的だった。

この時は、2005年に大統領になり次で4期目になるエボ・モラレス大統領を憲法違反だと訴えるデモだった。
彼は都市や裕福層には批判のされることが多いけど、インディヘナの人達や地方ではまだまだ大人気で、彼を支持するメッセージが大きく書かれているのを良く目にする。
この町でも壁一面エボ。

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これもよく見かけるダカール・ラリーのシンボルマーク。パリダカールラリーが南米に舞台を移した時の。
この時も、ボリビアに必要なのはダカール・ラリーじゃなく、病院だ!と訴える人が選手の前に出てきたりした。

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エボ・モラレスの生い立ちがまた、ボリビアそのもので興味深い。

エボ・モラレス大統領。
Photo by google
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先住民の両親の元に生まれたエボモラレス。7人生まれた子供の中で、生き残ったのは3人だけだった。貧しく衛生設備が整っていない先住民の環境では珍しくない。
エボは当時をこう、語っている。

「僕が4歳か5歳だったとき、僕の父は僕を連れてアルゼンチンまで行きました。僕の父はサトウキビ労働者で、アルゼンチンまでサトウキビを刈りに行ったのです。でもそこでは仕事がありませんでした。そこで僕たちは4日も5日も歩いたのです。食べ物は焼いたマカロニとお茶だけでした。ほかに何もありませんでした。そのときに、僕は最初の職を得ました。それはアイスキャンデー売りの仕事で、それでいくらかのお金を稼ぎ、家族の手助けをしました」

「僕はガリレアというサトウキビ農園で初めて学校に行きました。そこはアルゼンチンのフフイという町の近くでした。でも僕は生まれ育ったアンデスの山の言葉、アイマラ語しか話せませんでしたから、スペイン語はほとんど分かりません。僕はじっと座って黒板を見つめていました。でも結局は学校に通うのをあきらめてしまいました」

右青い服がエボ。真ん中母親、左から2番目父親。

Photo by 
2007年夏 立ち上がるラテンアメリカ エボ・モラレス:先住民の力』



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数年後に故郷に帰った父親とエボは、始めてリャマを飼った。
リャマを農作物と交換する為、リャマを追って低地の農村を旅する生活をしながら、高校の学費を稼ぐ為に、パン焼き、レンガ積み、ラッパ吹きなんでもした。
もちろんサッカーも。時間さえあればサッカーボールを追いかけ、そこ頃から農村のサッカーチームをトーナメントに組織していった。


「僕らはリャマを追って何日も歩きました。僕はハイウエイを下ってゆく大きなバスをいつも思い出します。そのバスはたくさんの人々を乗せていました。バスの乗客はオレンジの皮やバナナの皮を窓から投げ捨てていきました。僕はその皮を拾い集めては食べていました」

その後、彼はコカの畑で働くよになり、コカ栽培組合の局員から、組合の会長、組合の連合の会長、そして一年後には国会議員に当選。労働運動の指導者となってゆく。

こういう人を叩き上げと言うんだろうか。スペイン語も話せなくて、学校にも通えなかった人がここまでなるには、努力だけじゃ難しいと思う。

彼は「コカはコカインではない!」と世界に向けて発信し始め、アメリカから目を付けられる。

監獄の中のエボ。
Photo by 
2007年夏 立ち上がるラテンアメリカ エボ・モラレス:先住民の力』

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「1997年はタフな年でした。僕はチャパレの村にいました。あるときはアメリカ麻薬取締り局(DEA)のヘリコプターが飛んできて、地上の僕らに機銃掃射を加えました。たった数分のあいだに5人の仲間が死んでしまいました」
「それから、2000年のビリャ・トゥナリの人権事務所の本部の例の事件です。そこで僕は銃で撃たれました。しかし弾丸は僕をかすめただけでした」

2002年にアメリカ大使館の圧力によって、エボは国会から除名され、2005年には84.5%の投票率で、アメリカの後ろ盾があった従来の政府に圧勝。53.7%を獲得して、ボリビアの初の先住民出身大統領になった。

ネクタイはしないだったか、スーツは着ない宣言をしているらしくて、公式の場でもアルパカセーターとか着てる。

Photo by google

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大統領でも泡かけられるのがボリビア。
なんかエボモラレスの宣伝みたいになったけど、今回はインディヘナの人が書いた記事を参考にしたものだから、エボ寄りにはなっているかな?

2007年夏 立ち上がるラテンアメリカ エボ・モラレス:先住民の力』
by Jubenal Quispe 参照

大統領なのに公式サッカー選手にもなってたり、FIFAが標高の高いところはサッカー会場に認めないからと、国会議員と一緒に高所でサッカーの試合したり、パフォーマンスばかりと批判する人も多い。
日本のテレビ番組では世界の独裁者の中に、彼の名前も上がったようだけど、国民に支持され続けているのも事実だ。
徹底した対アメリカ政策や、インディヘナの地位向上、そしてボリビアの資源が多国籍企業に搾取され続けていることに対しての怒りと取組みは伝わってきた。
なかなか気骨のある大統領のようだ。

Photo by google

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ボリビアでデモに遭遇していなかったら、食べてウユニ塩湖行って終わりだったかも知れないけど来てよかった。
ボリビアは南米の色々な問題が詰まっているように思う。
鉱山のおじさんは今日もあの穴蔵でカナヅチをふるっているんだろうか?これからのボリビアも気になる。最後の晩餐はボリビアらしく路上屋台で締めた。

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明日はアルゼンチンへの国境越えだ。

今日のブログは
2007年夏 立ち上がるラテンアメリカ エボ・モラレス:先住民の力』
by Jubenal Quispe 参照



叩き上げじゃないけど、私の知り合いに、エボ・モラレス顔の人が居ますという人が居たら、私も誰かに似てると思うけど、名前が出てこないのでポチッとね。



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by ayumiaruki | 2018-03-16 18:00 | Comments(0)
2018年 03月 13日

剛さん、好きなことをし続ける

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 アルゼンチン  サルタ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定






スクレは少し標高が下がっただけなのに、暖かい、息苦しくない、そして活気のあるメルカドはいつ行っても美味しい食べ物が食べれる。快適だなぁ。
しかし私達は、また標高の高くて寒いポトシへ戻ることにした。
ふみさんの友達でバイク乗りの剛さんと、どうやら一緒に走っている女性が居るらしく、その2人に会うためだ。
まずは、10年ぶりの再会に乾杯!
ポトシで再会してビールで乾杯カッコいいね。  

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剛さんは世界の大陸全てを、ほぼ2〜3回は回ってるんじゃないかという、とにかく時間があればバイクにまたがって旅し続けている、バイク野郎のレジェンド的存在。
今回ユーラシア大陸を横断して、アフリカ大陸のモロッコ、そして南米最北端から北上してアラスカへ向かっている。
今回ちょうど会えそうなタイミングだったので連絡をとったのだ。

お互い自炊派だけど、せっかくの再会を祝って南米で初めてのピザ。

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でもレジェンド剛さんが飲んでいるのは、私と同じカフェラテで、、、、このビールはパートナー、明日香さんのでした。

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世界中を走り回ってきた剛さん、数年前に北海道を走っていたとき大嵐になってしまい、仕方なくライダーハウスに泊まった(滅多に泊まらないのに)その時に出会ったのが教師だった明日香さん。
しかし明日香さんはその後、仕事で3年間ドイツへ行ってしまい、時々剛さんがドイツへ会いに行っていた。
そして明日香さんが日本に帰国して2ヶ月もたたないうちに初めての剛さんとの共同生活、初めての海外バイク旅決行となったそうだ。もちろん仕事もきっぱり辞めて。
人のを聞くと、よくぞ!と思ってしまう。

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明日香さんもかなりのバイク好きだけど、海外は初めて。1人の時間が好きで、今まで誰かと走ることもなかったそう。
ドイツ滞在中の3年間はバイクに乗ることも出来ず、それがいきなり悪路で名高いモンゴルからのスタートだ。
舗装路もなく、地図上ではあるはずの道も洪水や日々変わる川の流れで突然消えいる。
何度も突然現れる川を越えて、迂回して迷い、ついには食料も水も尽きてしまい、経験の長い剛さんも死が頭をよぎるほどだったそうだ。
運良く小さな集落が現れて助かったけど、今度は明日香さんが転倒、足を大怪我してしまった。
どす黒く腫れ上がった足と、痛みと無数の蚊で腫れ上がり変形した明日香さんの顔。あの写真をみて、この人は強靭だなと思った。
ケガが左足だったらアウトだったけど(ギアチェンジが不可能だから)なんとか国境まで走り、舗装路になった時は、思わずひざまずき道路にキスしたかったと、いやキスしたんだったかな?と言っていた。

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そんな過酷な旅で乗るのは、最新機器を掲載したニューモデルのバイクでも、海外のバイクでもない。
剛さんは、ホンダ アフリカツイン750 なんと、1998年モデル!!20年前から同じバイクに乗っていて、このバイクでのユーラシア大陸横断は今回で3度目になる。
明日香さんも、ホンダ XR250 1995年モデル!
剛さんのバイクは、大きな事故にもあっているし、部品や維持費で新しいバイク2台買えるくらいのお金を使っている。
それでも同じバイクに乗り続けるその気持ちが分かる人達がやっぱり世界中にいて、2人のバイクを見るとすごく応援してくれるそうだ。

剛さんのオートバイ
ホンダ アフリカツイン750 (1998年モデル)

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そしてそんな2人とバイクを、自分の子供のように見守るのは、このバイクの設計者達。
20年前のバイクと言えば、世界中で愛されている日本が誇るバイクの設計者だ。

2人のブログやFacebookの投稿で、後ろの方にちょっと写ってしまったバイクの部品も見逃さずに、部品の適切なコメントをくれる。

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設計者達が、それはもう熱く見守ってくれていている数々のエピソードを聞くと、今でもバイクが好きで、いや愛しているのが伝わってくる。
仕事と思ってバイクのパーツを作るんじゃなく、バイクやバイク乗りを愛しているからこそ作れた作品、だからこそ世界中で愛され続けるバイクになったんだろう。

そんな自分の分身みたいなバイクを20年も乗って、世界中走ってくれたら、応援したくなるよなぁ。
しかも明日香さんは『片岡義男』の小説に出てくるオートバイ乗りの女性の雰囲気で、女同士でぺちゃくちゃ無駄話しなんかしない(私の勝手な妄想)剛さんが、明日香さんを応援する周りのオヤジ達が凄くて有難いって言ってたけど、分かる気がする。

アイドリングするためのエンジンも、なかなかかからない。
ワラスの高度はバイクにも負担をかける。なのにここまで足を運んでくれた2人なのだ。

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それぞれのパーツに、それぞれの開発設計者がサインしてくれている。
バイクはキャブレター、エンジンカバーなど、各部品をそれぞれ別の人が設計するそうだ。

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そんな設計者の名前より、大きくサインしてしまったふみさん。大それている。

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書いた言葉は、ふみさんが何気に言った一言で、剛さんがずっと覚えてくれていたそうだ。
だからと言って、この有名なオートバイのエンジン設計者より、デカデカと書くのはどうかと思いますが。

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実はバイクって車よりずっと長持ちするんですよと、剛さん。
車みたいに、カバーされていないバイクのパーツは、誤魔化しが効かない。殆どが吹きさらしで雨風を受けるからこそ、1つ1つを丈夫に作ってあるそうだ。
海外のホンダに立ち寄っても、すでに連絡が入っていて大歓迎してくれる。メンテナンス、部品交換も皆んな喜んでしてくれる。

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2人と会った翌日は、同じく南米を走っているムカイ君も合流して、カフェでは話が尽きなかった。
彼もアフリカ大陸など走って来た強者で、これからアラスカへ向かう。29歳だけどこのメンバーで1番落ち着いてる?30歳になったら本当に旅を辞めて落ち着こうかと考えていて、いつまでも落ち着くことは考えていないふみさんと、剛さんの話が聞きたかったそうだ。
30代はどちらの道を進むか、考える時期なのかも知れない。

1番右側、好青年のムカイ君。

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パッキングや持ち物にも興味津々。
バイクだけじゃなく、服や旅の道具も長く使い続ける剛さん。
Facebookでよく勝手に出て来る、5年前の写真を見ても、今と同じ服装で本人も驚くそうだ。
あと忘れ物も滅多にしない。この旅でスカーフ一枚無くしたのを凄く悔しがっていた。耳が痛い2人、、、。
2人が着ているバイク用のジャケット、ズボンは凄く重くて、転倒した時に、肘や背骨をカバーするように作ってある。
だから、どんなに暑くても脱がない。暑い日はズボンの中に水をかけて、気化熱で体を冷やすそうだ。
だから信じられないくらい臭くなるとも言っていた。

話しを聞いていて思ったけど、バイクより自転車、自転車より歩きが大変とか、そんな事はなくて、バイクはバイクで部品を持たなきゃとか、都会は特にバイクを盗まれないようにとか、ガソリンとか色々大変そうだ。
でも9ヶ月でモンゴル、中東、ヨーロッパ、モロッコ、南米を走ったと聞くと、世界が小さく感じる。
私達は、半年でカナダの4分の一だもんね。

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でも今回は、3人に会えて、興味のある話が聞けてポトシまで来て良かったなぁと思う。
ふみさんなんてすっかり興奮しちゃって、宿に帰ってから何回「いゃあ〜おもろかったなぁ〜〜」のセリフを聞いたことか。

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剛さんは、とにかく好きで好きで仕方ない事をやり続けて来た人だ。
日本では良くて変な人か、もしくは変態の部類に入るのかも知れないけど、一緒に居るとこちらまでワクワクしてくるような何かがあって、凄く気持ちが良い。
同じくバイクで旅をし続けている『藤原かんいちさん』もだけど、少年のような純真さというか、大好きで愛して止まない何かをし続けた人にだけある、『何か』なんだろうか?

「剛さん、ずっと自由で好き放題な旅をしていたのに、突然2人旅になってどうです?」
「それがさぁ〜〜すっげー楽しんだよね〜」と満面の笑み。
バイクに乗りながらインカムで会話出来るのが、こんなに楽しいなんて知らなかったそうだ。
因みに以前ムカイ君に会った時は「GPSなんて邪道だ!」と言っていたのが今回「いゃあ〜マップスミーって便利だよねぇ〜」と言ってしまい、ムカイ君に「はぁ???」と言われていたけど、レジェンドは柔軟なんです。


剛君と明日香さんのブログはこちら

ポトシを出発する2人。見送りはちょっと寂しいけど、また会えるような気がする。

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あっ!ここにも1人、好きなことし続けてる柔軟剤みたいな人が居た。





女と旅するなんて、もう旅じゃねえ!日焼け止めだ、トイレだと面倒くさそうで俺には考えられないぜ!という硬派な男子も。
どんなに寒い朝でも美味しいコーヒーを淹れて、寝袋から出てこない彼女に、コーヒーの香りで目覚めてもらうけど?という柔軟剤男子もポチッとね。





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by ayumiaruki | 2018-03-13 10:32 | Comments(0)
2018年 03月 08日

法律上の首都スクレ

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア  ビジャソン
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定






ポトシの観光地『旧国立造幣局』で写真だけ撮ってバスターミナルへ。

銀貨を作っていた場所なんだけど、後からポトシの歴史が分かる博物館という評判を聞いて中も見れば良かったと後悔している。


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町では何度も目にする顔。20年前にこの町にも来ているフミさん、この顔のことだけは、何故かはっきりと覚えていた。

20年後は何を覚えているだろう?人が何を記憶しているかって面白い。


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ポトシからスクレまで、バスで3時間。


スクレは1826年にボリビアが独立してから、保守党が拠点にする首都だったけど、後にラパスを拠点にした自由党が『連邦革命』で保守党を倒して、政府と議会をラパスに移してしまい、それからはラパスが首都になり、64年間も首都だったスクレは憲法上の首都という立場になってしまった。


微妙な立ち位置のスクレ。


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けれど最高裁判所だけはスクレに残っていて、私達の宿はその裁判所のすぐ近く。

『Travelers Guesthouse 』

ドミトリー2人(90ボリ)キッチン、Wi-Fi早い、シャワー快適

景色良い、中庭快適。


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宿から見える裁判所。


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雨の日も、風が無いような日でも最高裁判所のボリビア国旗だけは、健気にはためいている。

窓から見てると、分かった分かったよスクレと、言いたくなる。


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宿のWi-Fiパスワードや、町のホテル名、店の名前、食べ物とにかく「キャピタル」(首都)の名前を良く目にする。

キャピタル何ちゃらホテルとか、凄い首都アピールなんだけど、スクレはキャピタルじゃありませんからーーーー!残念!

(あの芸人さん好きだった、、、)

やっぱりスクレの人は、今もこの町こそ首都だと思っているのかな?


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街はコロニアル様式の古い建物が多く残っていて『白の街』とも呼ばれているそうだけど、私の第一印象は町の様式より洗練された町の人々。
スーツにパンプスの女性、ハットに粋な着こなしの老紳士、赤いパラソルのセニョーラ。

私達外国人をジロジロ見る痛い視線も感じないし、もっと都会のラパスとは全く違うのに驚いた。

同じ部屋の日本人女性が、サンダルでご飯を食べに行って、浮いてる自分に気づきました!と言って靴を履き替えていた。

夜の公園で話している老紳士。服装が今までの町と全然違う。

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同じ公園で、子供に買ってあげたシャボンで遊ぶ、スーツ姿のお父さん。
日本に居たら、何が?かも知れない。私には南米初の光景。

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町の中心部から離れなければ、夜も危険な雰囲気はない。
建物が白いからか、灯りに照らされた町は美しい。まるでパリ?

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初めての町に着いたら、ミラドールと呼ばれる展望所に良く散歩に行くのだけれど、今までのミラドールとは一味違って、やっぱり洗練されてる。もちろん町も綺麗だ。

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町の人も、ミラドールも洗練されてたら、メルカド(市場)まで洗練されてたり?

するーーー!

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こんなに洗練されたメルカドの定食も、やっぱり洗練されて?

いるーーー?

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両方とも昼の定食なんだけど、野菜も入っているし、味も濃すぎないし、大満足。
上はミートボールと豆のようなご飯、そしてチューニョ。
これはチョリソーといって、ソーセージのこと。

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ここのメルカドは、今までのとは違っていて、フードコートが細かく分かれている。
メルカドによっては夜は閉まる所もあるけど、ここの目玉は夕食。

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どの店も内容は似たり寄ったりだけど、ハンバーガーのように、店によって味が違う。
どの店もお皿にてんこ盛りで、この下にはご飯、見えてないけどポテトフライもたーくさん。

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メルカドが綺麗で明るいと、お店の人達もやっぱり明るいと思う。何度かここのメルカドで食べたけど、お客さんも「ボンプロベッチョ」(召し上がれ)みたいな一言を掛けてくれたり、街の人全体的にとても感じが良いな。街が白いから?

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ワンプレートで、確か12ボリ(180円)くらいだったと思う。
飲み物なしだから、水持参がお勧め。あとお腹ぺこぺこ状態で食べること。

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朝食、軽食コーナーもあって、パステルと言う揚げパイチーズ入りみたいなのが、ちょっとクセになる。
これは今まで見たことなかった食べ物なんだけど、この街以降目にするようになって、サルテーニャの専門店を見かけなくなった最近は、パステルに心変わりし始めている。

しかし、早まってはいけません。
ここのは既に揚げたものを売っているけど、実はポトシに再訪した時、メルカドで揚げたてパステルを見つけた。
今いる国境の町、ビジャソンでも揚げたてパステルが食べれて、3時間前に食べて来たばかり。
その違いは『天ぷら』の国、日本の皆さんなら説明するまでもないでしょう。
3ボリ(45円)

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まだまだ続くメルカド食。
ここは全部フルーツパフェの店、まだ横にも同じくらいの店があって、値段はほとんど同じだけど盛り付けが微妙に違う。

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朝から食べてるじもとの人を見かける。
日本のパフェみたいなのじゃなくて、ヨーグルト、生クリーム、何種類ものフルーツという、見た目よりヘルシーなデザート。

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実は、ラパスのメルカドにも名物パフェがあって、食べ損ねたのをずっーーーっと後悔していたから、これでスッキリ。
ラパスのはゼリーやアイスも入っていて日本のパフェ見たい。
確か12ボリ(180円)

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パンも美味しいし。
あ、でもボリビアのパン屋さんは、朝に焼きたてが買えることはあまりない。大体夕方4時とかになると焼きたてが入ってきてパン屋に人が並んでる。
新鮮なパンは素朴で本当に美味しいんだけど、2日前くらいのを買ってしまったら硬くてマズイ。
多分保存料とか、無駄なものが入っていないからだと思うけど、未だに新鮮なパンかどうか見分けが付かなくて

「新鮮?」と聞くと必ず
「もちろんよ!」と言われて
「ですよねーエヘへ」で宿に帰って一口
「どこが新鮮なんじゃぁーーー」というのを繰り返している。

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衣服類のコーナー。
野菜や肉も新鮮だったのに、もうすっかりメルカド定食に胃袋を掴まれ、自炊の意欲を失ってしまった。

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しかーし、鶏肉コーナーを歩いていたらツヤツヤして美味しそうな鶏モモを買っているマダムに釣られて、私も鶏肉コーナーへ。
でも値段を聞いたら、ちょっとモモは無理だ。
「うーーん。じゃあ5ボリ(75円)分の手羽先を頂けますか?」
と言ったら、手の先までサービスしてくれた。

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久しぶりの自炊。
名付けて『犬神家の一族スープ」洗練された町にピッタリな盛り付けだ。

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もちろん、オシャレ〜なカフェもたくさんあったけど、今回はあまり自炊しなかった分、カフェは我慢して宿でコーヒーを淹れて、買ってきたスウィーツを食べた。
我慢になってない気もするけど、コーヒー代10ボリが浮く。

このケーキも、この町では良くみかけた。
ミルククリームとクッキーと、パイが合わさったような、、、
やっぱり甘くない!ボリビアスウィーツ最後まで予想外の美味しさ。

と思ったら、パサパサしたドーナツとか、甘ったるいだけのケーキも3回だけ当たった。
どんなスウィーツを食べても、あまりにも美味しいから、これはスウィーツ好きの私の舌が、南米化してしまったのかと心配し始めていたところだったから安心した。

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全く美味しそうに見えない、食べかけケーキだけど『パッションフルーツチーズケーキ』なんじゃこりゃーーーの美味しさ。
クロワッサンも町によってクオリティーが全く違う。
この町のは南米1番(私基準)

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食べ物特集になって来たついでに、ポトシで食べたけどブログ掲載ボツになった写真!!

町外れのパン屋さんのレモンパイ(3ボリ)が、甘みを抑えた爽やかなレモン味のサクサクタルトで感激。しまいにはタッパ持参で買いに行ったら、店の人にも「それ良いわよ〜」と褒められた。

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上と同じく、美味しそうには見えない写真だからボツなんだけど、手前のカスタードクリームの手作り感が最高でした。

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町に一件だけあるサルテーニャ専門店がなかなか店を開けない!中毒患者はサルテーニャを求めてさまよい歩き、サルテーニャじゃないけど似たような包みもので、中毒症状を緩和させる事にした。
包みもの2種が美味しそうだ、、、。

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『Puca kapa 』
チーズとハムにトマトのアクセントが少し。

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『Calzone』
大量の玉ねぎ炒めと鶏肉をトマトソース味で絡めたような。
名前が逆かも知れないけど、どちらも美味しくてお腹も満たされた。
ボリビア本当にこんなに食べ物美味しいのどうしちゃったの?
はっきり言って、ペルーより数段上行ってると思うけど、やっぱり私達の舌がどうかなっちゃったの?!

そう言えばサルモネラ以降、何食べても美味しい美味しいって言ってるな、、、、。

ま、美味しいんだからいいか!

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『犬神家の一族スープ』を飲むくらいなら『ネズミスープ』の方がマシです!という鳥嫌いさんには、大変申し訳ない衝撃写真でした。
メルカドに行くと、豚の鼻や、牛の舌がでろーーんと置いてあるので、舌だけじゃなく感覚も南米化してしまったようですがポチッとね。



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2017年から世界最長の『トランスカナダトレイル』を基本に、夫婦でカナダを徒歩横断していますが、冬は南米でバックパックの旅をして、2018年5月にまた、カルガリーから旅を再開する予定です。


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by ayumiaruki | 2018-03-08 07:32 | Comments(0)
2018年 03月 07日

真っ白な世界から、暗く息苦しいトンネルの世界へ。

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア   ポトシ再び
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定




大急ぎで書いたブログだったので納得いかず、3月9日に書き直しました。


ポトシの町に到着。寒い!
さすが、世界で1番高い場所にある都市
標高は4,067m。

ちなみに、ラパスは世界で1番高い場所にある首都。
標高は3,640m。
ややこしいけど、とにかくポトシは高いのだ。

バスターミナルでお弁当を食べていたら、隣に座っていたおじさんが美味しそうにアイスクリームを食べている。
「セニョール寒くないの?」
「寒いけど、俺はアイスクリームが大好きなのさ」

セニョールはアイマラの人で、スペイン語の他にアイマラ語、ケチュア語も少し話せるそうだ。
出身地方と、スペイン語の2つを話すのは別に普通。
今でこそ、スペイン語を話せない人は少なくなったけど、出身地の言葉だけ話す人も多かった。

後からやって来たスペイン人に、今日からこの言葉と言われたのだから当たり前だ。

セニョールとの写真を撮り忘れて、代わりにワンコがカメラ目線。

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宿までゆっくり20分歩いただけなのに、ここでもゼェゼェ。
慣れたと思った頃にまた標高が高くなるから仕方ない。

宿は『Felimar』
晴れていたら昼間の外は温かいけど、建物内はヒンヤリしてる。

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朝食付きを無しにしてもらって、小さいダブルベットで、70ボリで交渉。
トイレ兼シャワーも南米旅1番の狭さだけど、宿前が賑やかで、夜だけ出店するここのハンバーガーが美味しくて、つい連泊してしまった。
夜になるとディスコの音楽がガンガン聞こえる。

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ポトシの地ビール『POTOSINA 』とハンバーガー。
狭いとか寒いとか色々言いながら、2度目にこの町を再訪した時も、同じ部屋に泊まった。
多分このセットのせいだと思う。あと南米初体験、宿の暖房がスイッチオンになってた!
宿の人が遅くまで大音量で映画を観てたり、早朝から大きな声だけど、もうそんなの全然気にならなくなってるから、おかしい。
何だかんだキッチンも使わせてもらえて私達には良い宿だった。
ハンバーガー(5ボリ)

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ポテトはハンバーガーの上にガッツリ乗っかり、ハンバーグじゃなく、この肉がほどほどに柔らかくて美味しい。
もう病み付き。

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街は昼も夕方も、何故か子供達が大勢。

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この町から出発するバスに乗って登下校するからなのか、制服を来た可愛い女の子達や、高校生くらいかな?カップルでハンバーガーを食べながら歩いたり。

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幼稚園や小学生くらいの子供は90%甘いオヤツを食べながら下校している。
大人もバスの中や道端、常に何かしら甘いものを食べている。
バスの信号待ちで、売り子さんが乗り込んでくるからどこでも買える。
だからなのか、ペルーもボリビアも背丈は日本人より低めで、骨組みも細いのに、お腹がぽっこり出ている人が凄く目につく。
でも誰も気にせず、ピッタリとしたスパッツを履いているのが微笑ましい。

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オヤツが安くて美味しいから、私もボリビアにあと3ヶ月もいたら、ぽっこりになる事間違いない。

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私達がこの町に来たのは、ハンバーガーの為じゃない!
この町の鉱山に興味があったから。

鉱山の事を調べても、スペインがしっかり絡んでくる。
インカ帝国の滅亡からわずか10年後、大量の金を奪ったスペインは、このポトシで大量の銀を産出する山まで発見した。
『セルリコ』(宝の山)だ。

スペイン繁栄の基盤になったのは、クスコの金だけじゃなかった。
ボリビア標高4,000mの高地からスペインに運び出した大量の銀や銀貨を目にした人は、港から船に運び込まれる銀の多さに『スペインまで銀の橋が出来る』と言ったほど。

銀貨はスペインを潤しただけじゃなく、ヨーロッパへ、そしへ世界へと流通して『セルリコ』は三大銀山として、ヨーロッパでもその名を知らない人はいなかった。
ポトシは銀山採掘の為に、人口十万人にまで膨れ上がり、南北アメリカ大陸で一番人口の多い町にまでなった。(当時のロンドンより大きい)
クスコは頷けるけど、正直えっーこのポトシが?と思ってしまう。

スペインにとってラッキーだったのは、銀山を発見しただけじゃなく、銀を産出する為の労力にもお金がかからなかったこと。
彼らは、強制的に集めた大勢のインディヘナと、アフリカから連れて来た、アフリカン奴隷を大量に用意しておき、過酷な労働をさせて、怪我や病気になったり、死んだりしたら次々と変わりの奴隷を使うことが出来た。
生き残ったインディヘナには大金が払われたけど、採掘で犠牲になったインディヘナは800万人とも言われている。
銀を運び出すのに使われたリャマも凄い数が死んだそう。

クスコで金を手に入れて、次はタダみたいなお金で銀を手にしたら、スペインはウハウハだっただろうな。

全ての銀をスペイン人に吸い取られたポトシは、銀が枯渇すると廃れてしまい、今は当時の銀の富でスペイン人が建てた豪華な家や、教会だけが残り、それらは世界遺産になっているけど、この背景もあって『負の遺産』とも言われている。
18世紀にはポトシの銀が急激に枯渇したのだから、すごい勢いで採掘したんだろう。

穴だらけになった「セルポトシ」はインディヘナには神聖な山だった。
今はポトシのシンボルで、町のプラサからもよく見える。

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その鉱山で、今もインディヘナの人達が細々と手掘りで採掘している。
今回はそれを見学させてもらうツアーに参加した。
ツアー会社の前。

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今でも過酷な労働なのには違いない、生活の為に働く人達を、観光客がカメラ片手に自分の興味で見学するのはどうなのかとも考えたけど、せめて面白半分ではない態度を心がけよう。

参加者はスペイン人のソフィアと私達だけ。ガイドはソル(太陽)という名のインディヘナの女性。
ガイドは、元坑夫が多いと聞いていたけど、ソルは家族で坑夫をしている人が居るわけでもないそうだ。

まずは、途中の売店で坑夫の人達への差し入れを買う。
甘い飲み物、タバコ、コカの葉、コカの葉に甘みを付ける為のステビア、石灰など。
コカの葉は、コカインとは全く違って精製されていない乾燥させたコカの葉で、町のどこでも買えるし、コカ茶やコカキャンディーも売っている特別なものではない。
あと高山病予防にはまずコカ茶を勧められる。

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ソルが持っているのはダイナマイト。
坑夫の人達は皆んな個人事業主で、どこかの会社に属している訳でもない。
ダイナマイトを含めた装備も全て自分で準備する。ダイナマイトが誤爆したり、鉱山の中でケガをしても全て自分の責任だ。

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まずは着替えてから。
私なんでこんなに似合ってるんだ?

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後ろは、坑夫の人達が、服を着替えたり、口の中のコカを替えたりご飯を食べたりする小屋。
鉱山の中では絶対に食べ物を食べない。
これはスペイン支配の時代からで、硫黄の匂いで吐いてしまうからと言っていた。
その代わり大量のコカの葉を口に入れて、空腹と疲労を麻痺させる。
基本は三交代で、1人8時間一切食べずに鉱山で働く。

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いよいよ鉱山の中へ。
ガイドのソルと、ソフィアが差し入れを背負ってくれている。
足場はもっと深くまで水浸しだったり、ドロドロで足を取られたり、乾いていたり。どちらにしてもよく見えない。そして突然ボコンと深かったり、崩れた大きな石につまずいたり。
これで2時間かぁ〜と思ったけど、ここは入口で一番歩きやすい場所だった。

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岩肌の色もまちまち。
黒いパイプは空気を送る為。これが真っ暗な中、耳元でシューシュー鳴っててるのが、なおさら不安を掻き立てる。

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途中通りかかった坑夫に差入れを渡すソフィア。
彼女は物怖じせず積極的だけど、とても礼儀正しく声をかけて彼らの話に耳を傾ける。
ここでの仕事の環境や、背景、環境問題にも関心があるのが伝わる。
そう言うメンバーで良かった。「キャー怖いー」とか言われたら、たまったもんじゃないけど、このツアーははっきり言って、楽しいものじゃない。それを承知でお金を払い参加するのだから、それぞれ何かしらの関心があるんだろう。

スペイン人のソフィアが見るこの山は、私の興味とはまた別の感情があるのかも知れない。

坑夫の片側の頬が膨らんでいるのは、コカを入れているから。
彼だけじゃない、みーーーんな、ほっぺたパンパンにコカの葉を入れてたままで仕事をしていた。

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鉱山に入る前と出るときは、必ず『エル・ティオ』という神にタバコや酒、コカの葉を捧げてその日の無事と安全を願う。
坑夫達は、もしエルティオが食事を出来なかったら、自らの手で問題を引き起こすと信じていて、儀式では鉱山入口に殺害したリャマの血を塗る。
そういう考え方は、インカ時代を引き継いでいるんだなと感じる。
しかし彼らはカトリック教徒で、イエスキリストとエルティオの両方を信じているのも興味深い。

『エルティオ』は山の神、地下世界を支配する。そして破壊と保護を司る。
大地の女神『パチャママ』は、豊作や家畜をもたらす恵の神だから、そのバランスが必要なんだろうか。

スペイン支配後アンデスの神々は、カトリックの立場から悪魔とみなされ、おおっぴらに崇拝する事が出来なくなった。
そんな中、彼らが生み出したのが「ティオ」で、細身で角を生やして、赤ら顔をした姿は、当時過酷な労働をさせたスペイン人を鬼に見立てたとも言われているし、カトリックでは地下=悪魔、のような考えがあるのも関係しているのかな?


エルティオの為にタバコに火を付けるソル。

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タバコで、口が真っ黒になったエルティオ。

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坑道はにはもちろんライトなんて無いから、真っ暗な坑道では自分のヘルメットの弱々しい明かりだけが頼り。足元だけじゃなく頭にも注意していないと「ゴツンッ」と鈍い音の後にズシーンと衝撃がくる。
私の前を歩く背の高いソフィアが「ゴッツン!ゴッツン!」と派手にやってくれて助かった。

そして土埃が充満して途中からは硫黄の匂いがキツくなってきた。
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よく見ると壁には様々な鉱物が残されている。

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今までは屈んで歩けたけど、ここからは四つん這いで進む。
高所なのと埃と、マスクで酸欠状態のようになる。
最初は肌寒かったのが、暑くなりはじめた。
場所によって、温度も違って32度以上の場所で作業することもあるそうだ。

ライトに照らされたソフィアのお尻だけを見て進む。

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まるでアリの巣。上がったり下ったり、無数の通路がひしめいている、1人では絶対に帰れない。坑夫が迷うことは絶対にないと教えてくれた。

ソルが突然「戻って!!早く早く」とけしかける。
列は回れ右して来た道を戻る。
「ゴロゴロゴロゴローー」一本だけの道をトロッコが走って来た。
少し幅のある場所で岩壁に背を付けて待機。
作業の邪魔にならないように、こんな事を何度か繰り返す。
奥へ進めば進むほど土埃が酷く、3人は咳き込みながら歩く。

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汗だくでトロッコを押す若い人が目立つ。
ここでは女は働けない。
13才以上の男性なら組合にさえ入れば明日からでも働ける。
けれどマスクをしない彼らの平均寿命は51才以下。
ケガも多いし、年月が経つと粉塵などで肺をやられるそうだ。

マスクをすると息苦しくてとても仕事にならない、日本のような良いマスクは高くて買えないそうだ。

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ソルは今度、ハシゴで深い穴へ降りて行く。
私達もついて行った先は行き止まりで、畳2畳程の広さの穴蔵があり、そこでひたすらに杭を打つ男性が居た。
彼はダイナマイトを仕掛ける為の穴を掘るために、金槌と杭だけで今日は8時間、石の壁を打ち続けていた。
そろそろ出なきゃなぁ〜と、私達の為に仕事の手を止めてくれた。
とても穏やかそうな物腰に少し驚いた。
年は50才、ここは彼が掘った彼だけの仕事場所だと言う。

「この穴で何日くらい働いているんですか?」

「32年だよ」


「、、、、、、。」

3人とも何も言えなかった。
1日8時間、32年間この真っ暗で狭い穴で働いているなんて。
ここまで来るのだって、塵と埃の中1時間半歩いている。

トロッコを押しているのはヘルパーの人で、組合から1日150ボリ(2,250円)の給料が支払われるけど、おじさんは自分で掘った鉱石の分から、道具代、組合費、税金を引いたのが自分の取り分になる。

その穴だけは写真禁止だった。

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坑道から出口への光が見えた時は、心底ホッとした。

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ソルに「ソルーー!」(太陽!)と叫んで、明るい光の下3人とも思いっきり外の空気を吸っていた。
4時間のツアーで、実際に坑道を歩いたのは、たったの2時間。
それでこの開放感と安堵感なのに、毎日8時間、、、。

鉱山からの眺め。

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当たり前だけど、やっぱりこれしか仕事はないの?ソルに聞いてしまう。
もっと効率的な方法は?

知識や学が無くても出来るこの仕事をする為に、山岳地帯や遠くからも人がやって来る。
けれど彼らはポトシの町には住めなく鉱山近くの貧困地域に住んでいる。
ドリルや機械を使うと、労働力が必要なくなってしまうから、あえて全てを手作業でしているのもあるそうだ。
今現在この鉱山で働いている人は5万人と言っていたから、そんな人数の雇用を生み出していると考えると、うーん。唸ってしまう。

実際に暗い坑道を歩くツアーは意味があった。読んだり聞いたりするだけじゃ分からないこともある。
そして働く事について、考えても考えてもまとまらなく、23年あの穴で働いているおじさんのことが何度も頭に浮かんだ。

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こんな所に行ったら「うゎー暗いよ、狭いよ、怖いよーー!」と叫んでしまう『面堂終太郎』のような優等生の人も、それ誰?『うる星やつら』?古すぎ!と思った人も、ポトシっとね。



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by ayumiaruki | 2018-03-07 06:07 | Comments(4)
2018年 03月 06日

ウユニ塩湖騒動

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア ポトシに戻ってきた。
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定





ウユニ塩湖の真ん中に到着してから、どうしても、どうしてもトイレに行きたくなった私。

周りは360度何もなく、信じられないほど見通しが良い。これなら3キロ先までよく見えそうだ。
そこにあるのは塩の湖と、それを写真に撮っている大勢のツアー客のみ。

ウユニ塩湖に2度来ている、ウユニ先輩の話では、他の人は夜になったら、さりげなく湖で用を足すようだけど、とても暗くなるまで待てる状況じゃない。

どうしよう!どうしよう!どーーーしよーー!!
見晴らしが良すぎるよーーーー!
(そりゃ見張らせてなんぼのウユニ塩湖ですから)

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こんな時のモンベル傘も今日は持って来ていない。
よし覚悟は決めた。
とりあえず出来るだけ遠くに行こう!
可哀想な巻き添えのふみさんを引っ張って、遠くに歩いたつもりが、全然進んでない!
(そりゃ広くてなんぼのウユニ塩湖ですから)

どの方向に歩いても、別のツアーが写真を撮っている。
もう無理!無理だ!ズボンを下ろしてしゃがみこんだ。
ふみさんにカッパを脱いでもらって、闘牛士のようにカッパでカバーしてもらう。360度の10度くらいは隠せたか?
しまった!ふみさんのカッパは鮮やかなオレンジ色だった!かえって目立つじゃん!!
ウラ!ウラ!裏にしてーーーしゃがんだままで指示、、、、。

幸いにも小だったけど、最悪にも止まらない、全然止まらない。
今度はふみさんが、マズイ!マズイ後ろ!!と叫んでる。
別のツアーの四駆が場所を変えて、にこっちへ来た。
これ絶対お尻見えたよー!

もう、写真にさえ映ってなかったら良しとしよう(開き直る)

どうか、皆さんの素敵なウユニ塩湖写真に、しゃがみこんだ私が写っていませんように。

そして終わった!
あぁ、自然環境を汚してしまったなぁ。いつもはちゃんと野でするのになぁ。

はぁ〜〜でもスッキリしたーーー!というより生き返った!

せっかく遠くへ来たから、写真撮っていこう。
可哀想な巻き添えふみさん。

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おぉ~気分も爽やか、景色も爽やか~~。


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サンセットツアーだけど、この時間なら青い空とぽっかり浮かぶ雲も見える。

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自分の居場所が分からなくなるような、不思議な体験だった。

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ポツンと見えるのは他のツアーの四駆車。

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足元は長靴でもジャリジャリした感触がわかる。よく見るとそこには塩がビッシリ。

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手に取ると角ばった塩だ。
しょっぱいのかな?味見出来ないーーー!

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何事もなかったようにグループに戻り、今度は皆んなで写真。
ドライバーさんが指示して撮ってくれる。これぞウユニ塩湖な写真。

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最後は皆んなでジャンプ!4回くらい挑戦したけど一度もタイミングが揃わない。
1番高く飛んでるオレンジ色が最年長ふみさん。その隣で何してるのか分からない私。

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そして夕暮れ。

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タイタニックポーズしたけど、長靴とカッパだったの忘れてた。

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ウユニ先輩夫婦。

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しれっとポーズ。
さっきの騒動が無かったかのような、、、。

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いやぁ〜〜満足!
天気や風で一度来ただけでは見れない人もいるようだけど、夜中のスターライトや、サンライズも行かなくて良いな、私はもう大満足!

翌日はメルカドで昼食。
メルカド(市場)にはどの売り場でもワンコがたくさんいる。

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私達が食べたかったのは、リャマの肉。(手前)
硬いという話も聞くけど、柔らかくて牛肉のような味ですごく美味しかった

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満足だったウユニの町を出発して、バスでポトシへ向かう。
私達にしては早い移動だったのは、ウユニの町は何もなかったから。

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ボリビア、バスからの景色がいつも見飽きない。

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前にも書いたかな?
ボリビアは南米の地図だと、小さく見えるけど国土は日本の3倍で、6,000m級の山が14座もある。
果てしなく続く平地なのに標高が高いというのが、日本人には不思議だ。

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そして、これから向かうポトシの標高は、なんと4,067m。
移動する度に段々と高くなる。

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ウユニ塩湖で、ウ○コだったら、もっと面白いブログになったのに残念と思った、鬼のような人もポチッとね。


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2017年から世界最長のカナダの『トランスカナダトレイル』を基本に、夫婦で徒歩横断しているが、冬は南米でバックパックの旅中。2018年5月に、またカルガリーから旅を再開する予定です。

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by ayumiaruki | 2018-03-06 00:22 | Comments(2)
2018年 03月 05日

ボリビアのバスと車ってヤツは、、、。

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア   スクレ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定






危険と言われているラパスだけど、場所と時間を選べば、そんなにビクビクするような街ではなく、意外にも楽しく印象深い街になった。
来てみないと分からないものだ。


初めはどうなるかと思った、ラパス到着の夜。

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入口はお化け屋敷風だけど、中は快適。

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息苦しいけど、歩く。

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歩くと段々分かってくる。

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でもすぐ疲れる。

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ただ、ここの路地は嫌な感じがするなとか、この道から先は夜に歩くべきじゃない。と思う場所もあったし、地元の人も誰かがすぐ後ろを歩くと、必ず振り返って確認している。
そして人混みでは常にスリに気をつけていた。


キリキリ公園。

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運命の出会い「サルテーニャ」とディープキス。
じゃなくて汁をすすり味わい至福のとき。

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サルテーニャ後の、ご満悦。

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食べ歩きに火が付き、復活!
しかし高所は朝晩寒いのう。

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『おばプロ』会場はさむかったけど、熱く盛り上がったなあ。
で、なんでノースリーブ?西洋人の身体の中はいつも謎だ。

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デモはラパス市民の別の一面を、少し垣間見れた。

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デモの夜、屋台でハンバーガーとコーラを飲みながら、隣のスーツのセニョールと色々語った。
彼はキャノンに勤めていて、彼に全ての技術を教えてくれた、優しい日本人、山本さんの事を話してくれた。

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あと、ブログには書いていないけど『国立民族博物館』の、お面と、帽子の展示が素晴らしかった。
パリコレ顔負けの、デザインと斬新なアイディア、緻密さとあの色使いはインディヘナの人が持っている天性の才能なんだろうか。
10ボリケチらないで、写真を撮るべきだったと深く反省。
お面と帽子は想像にお任せすることにしょう。






さて、ここからはいよいよウユニ塩湖だ。
先ずはラパスとウユニの中間地点の町、オルーロへ向かう。

ラパスのバスターミナルで、予約したバス会社の窓口へ行くと誰も居ない。えっ寝坊??

インフォメーションに行ったら、バスの乗り口へ行けと言うし、乗り口の人はバスが遅れてまだ来ていないから大丈夫だという。
遅れてるって、ここが始発なのに?

チケットの予約はしてあるけど、窓口でチケットを受け取らないとバスには乗れないから、知らない間にバスが出発するんじゃないかと気が気じゃない。

フミさんがバス会社に電話しても誰も出ないし、出発時間を過ぎても相変わらず窓口の人は誰も来ない。
他の乗客が電話したら、これから来るらしいとのこと。
これからって、もうバス出る時間ですよー。

しばらく待っていたら、バス会社の人なのか、代わりの人なのかがやって来て、このバスに乗れと言う。

このバス?会社も違うしボロボロなんですけど、また止まったりする例のやつ?
でも乗らなかったら、あんたが悪いと言われ、またチケット代を払うことになるパターンありありだから、乗ることにした。

やれやれ南米のバス。

50分遅れで出発したバス。乗客は私達意外に1人だけだ。心配だなぁ。

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少し走ると、今度は屋根から「ゴゴゴゴゴーー!」と凄い音が聞こえて来た。

なんだ?なんだ??

バスは止まって、運転手が何やら悪戦苦闘している。今度は二階客席に来て、バスの屋根らしき場所を開けた!
バスの屋根開けれるの??

どうやら、電線がバスの屋根に引っかかったようで、必死に電線外しの作業をしてしてるではないか!
南米のバスってネタの宝庫だな。

確かに、引っかかりそうなラパスの街の電線。

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そう言えばこりゃすごい!と写真撮っていた。

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誰も感電せずに電線も外れたけど、すでに2時間経過。途中のエルアルトからたくさん乗客が乗って来て、それからは順調に飛ばしていたけど、このバスにはトイレが無い。
耐えられるのか?!
誰かバーニョー!って言ってくれたらいいなぁ、、、でも子供も付け含めて、誰も言わないんだよなぁ、ボリビアの人の膀胱ってどうなってるの?

3時間で着くはずのバスは5時間でオルーロ(オルロ)に到着。
『南米三大祭り』の一つ、『オルーロのカーニバル』で有名な町だ。祭りは2月末、惜しかった。

他はもちろん『リオのカーニバル』そして、6月にあるクスコの『インティライミ』インカ帝国でもっとも重要な太陽の神を祀り、豊穣を願う祭りだ。
前は、いつかリオのカーニバルに行きたいと思っていたけど、今はインティライミでしょう。


はぁ疲れた、とにかく宿に行って荷物を置いて一息つきたい。
オルーロの標高は、ラパスの標高3,640mよりさらに高くなって、3,735m。
ネットで予約していた宿は、さらに坂の上にあってまたしてもゼェゼェハァハァ。
宿もなかなか見つからなくて、坂道を登ったり降りたりして探した。

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やっと見つけたのは、このドアにチョークで宿の名前が書いてあったから。
落書きかっーーー!

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呼び鈴がないので、ドアを叩くが犬が吠えるばかりで反応無し。
あれ?寝てる?シャワー?

しばらくドアを叩いたり、別の入口を探したり、待ってみたり。
20分、、、疲れた。
向かいの家の人が出てきて、ここって宿?と聞くと「そうだ、叩き続けろ!」と言うので、また叩く。

ダメだ諦めよう。 でももうすぐ暗くなって来るから、知らない町ではうろつきたくない。
また荷物を担ぎ、坂道を下る。
ネットが出来てご飯を食べる場所なんて近くには無いから、困った時のチキン屋さんで腹ごしらえ。

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予想通り美味しくないし、鶏肉はパッサパサだけど良いの良いの、歩き回らず食べれただけで良し。
それから町までまた戻って、電話して「今から帰る」と言う宿主を信じてまた宿へ。

やっと寛げる〜〜。
宿と言うより家。他には人も居なくてゆっくり出来たのが良かった。
宿の人も「ソーリー」って感じで、まあ南米だから。

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翌朝、宿の周りを散歩してから、荷物を背負って列車の駅まで歩く。
途中のメルカドで昼食。

そら豆の薄味カレー風味って感じで、美味しいじゃないの〜〜ボリビアどうしたの?外れナシで美味しいよ。

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駅へ行ったら、すぐにチケットをくれて拍子抜け。残った時間はもちろん、地元のケーキ屋さんへ。
ケーキは5ボリ(75円)、コーヒーも5ボリ。
ボリビア好きだーーー!
ボリビアのタルトがこんなに美味しいなんて、誰も教えてくれなかった!

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クッキー生地は少し厚めの固めだけど、見た目に反してイチゴもカスタードも優しい味わい。そして甘さ控えめ!

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ご飯もケーキも美味しいなんて。
お店の人から一緒に写真を撮って!と言われて高校生のお客さんと記念撮影。そして帰りにクッキーまでサービスしてくれた。
やっぱり好きだーーー!

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オルーロから、ウユニまでは列車の旅。

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南米で初めての列車は満席で、私達の前後も日本人だった。
列車は日本のを少し汚くしたくらい?
ガタン、ガタンというリズム、ゆっくり進むこの感じ、久しぶりだな。

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窓からの景色も気持ち良い。
途中の列車は湖の中走り、薄いピンク色のフラミンゴが優雅にたたずんでいた。

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もちろん頭の中では『世界の車窓から』のテーマソングがかかっている。
ウユニの町に着く前から鏡張りだ。あぁ期待出来そうなウユニ塩湖。

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列車がウユニの町に着いたのは夜遅く。
駅から歩いて1分の場所にある宿を予約してしたから、安心だ。
翌日町を散策してみたら、想像していたより何もなく、埃っぽい町だった。
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駅前の通りだけは観光客用のレストランやカフェが、観光客用の料理と値段でズラリと並んでいる。

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どんな町でもメルカドと定食屋があるのは嬉しい。
食後に店のお姉さんに値段を聞いたら、一呼吸置いて「じゅ、、、15ボリ」

隣のお客さんに、ウィンクして、こっそり値段を聞いたら「12ボリよ」と笑ってる。

お姉さんのつい、一呼吸置いちゃったスレてなさが可愛い。15ボリ置いてくれば良かったんだけど、こちとら南米4ヶ月、このお金のやり取りは躊躇するとお互い気持ち良くなくて、反射的に12ボリ置いてしまっていた。

デザートはご飯のミルク煮。これ結構好き。

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ウユニの町から、ウユニ塩湖までは車で1時間半。
一番簡単なのは、ツアー会社に行って申込み、誰かがチャーターした車とガイドのグループ(定員6名)に参加して、代金を割り勘する方法。
1人、150ボリ(2,250円)

もしくは自分でグループを作り、誰かに参加してもらう。
例えば私達がグループを作り、誰も参加しなかったら、900ボリ(13,500円)全額払わなければならない。

今回は、ラパスのオバプロで出会った亀田夫妻と同じ宿だったので4人でグループを作り、あと2人が参加してくれるのを待つだけだった。


グループを作って、壁に張り紙をしておくと、参加したい人が名前を記入する。
翌日ツアー会社に行ったら、他2名の名前があった。
ツアー会社はアジア人に人気の『HODAKA 』

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亀田夫妻は、すでに2度ウユニ塩湖へ行っているから、その辺の事情に詳しくて「ウユニ先輩」と呼ばせて頂いた。
他の参加者は、ボリビアで一年間プログラミングの仕事をしていて、スペイン語ペラペラの優秀な中国の青年シャオピン君と、南米ひとり旅中のおっとりした女性。だけど宿のシャワーは水しか出ないらしく可愛そうだった、トモコさん。

今日は、サンセットツアーで夕方4時から夜の10時までのツアーだ。
6時間か、トイレは湖に入る前のお土産屋さんが最後らしいから、そこで全てを出し切ろう。

車はしばらく平地をひた走り、それからいつのまにか濁った湖の中を進んでいた。

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「ウユニ先輩!湖がかなり濁ってますけど大丈夫なんでしょうかーーー」

「大丈夫、湖の中に進んだら澄んでいるから。でも今日のドライバー良いポイントまで行ってくれるかな?」

ツアーで鏡張りが見れるかどうかは、天気とドライバー次第。
ウユニ先輩は
「今日は風があるなぁ、風があると鏡張りにならないんですよ、水の量もこの間より少ない、、、雲も少しは無いと夕日が映えないんですよ、、、」と少々心配そうだ。

シャオピン!今日のコンディションはどうか、ガイドさんに聞いてみて!

ガイドもう〜〜ん、という渋い返事だ。
心配性の私はこの時点で半分諦めていた。今日は鏡張り無理か。

あれ?そう言えばこの車トイレ休憩行かなかったな。
最後のトイレ休憩で出し切ろうと、それまで我慢していた私は急に不安になる。
でもどう考えても、もう湖の上だ、、、。
そしてガイドが何度かポイントを変えて最終的にたどり着いた場所。

うぉーー!!これだーーーー!鏡張り!
これぞウユニ塩湖だーーーーー!

自分がどこに居るのか分からなくなる不思議な世界。

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あぁ来てよかった、来た、来る、来るーーー!

「フミさーーん!トイレーーー!!」

「えぇっ?!ーーーーここでぇーーーー!大?!小?」

「しょう、、、、だと思う!思いたい!!!」

次回に続く。






インカ帝国の『インティライミ』祭りも良いかも知れないけど、日本の『ナオトインティライミ』も良いですよ。と思った人もポチッとね。



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by ayumiaruki | 2018-03-05 09:54 | Comments(0)
2018年 03月 03日

フミさんの動画三本立て

【これまで歩いた総距離数】 7,885km
【現在地】 ボリビア   スクレ
【旅の行程】
カナダ横断を一時中断して南米でバックパック旅
2018年5月にカルガリーから旅再開予定






フミさんのブログもチェックしてくれている方はもう見ているかも知れない。

フミさんが撮影編集した、クスコからラパスまでの動画3本をアップしました

カーニバルやお祭り、プロレスもだけど動きがあったり、音楽なんかは特に動画の方がその場の雰囲気が伝わるなと思う。


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そしていつもながら、フミさんよくスマホだけで編集頑張ってるなと。

カナダの時は私も動画を手伝ったりしたけど、バックパック旅になってからはノータッチ。


テント生活じゃないんだし、充電だって毎日出来るから、もう少し時間に余裕があっても良いはずなのに、2人ともその余裕の時間はスマホでネットをする時間になってしまっている。


次に行く町の事や、バス、宿の情報、入国手続き調べたらキリがないし、調べなくても何とかなることも多いけど、ついつい宿ではネットで調べもの。

これは意識して考えないと、せっかくの旅が何のため?になってしまう。


かと言って、同じ値段払うならホットシャワーと清潔なベッドの宿がいいに決まってるし、実際ネットで最安値、高評価の宿を検索するのは、手っ取り早くて効率が良い。


効率をよくして、余った時間をネット???


う~ん悪循環、、、、。




今現在はスクレという町にいて、次のパラグアイにどうやって行くか検討中。


アルゼンチン経由を考えているけど、物価はボリビアの2倍くらい?

キャーー買い食いなんてもう出来ないわ。

ケーキなんて誕生日までお預けだ。


今のうちにせっせと食べておこ。


『フルーツエンサラダ』と呼ばれるビックパフェ。
12ボリ(180円)
今にも溢れそう。ペルーもボリビアもこれでもかっ!という盛付け。

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こぼした。
夕食はメルカドで、一つ注文して半分こ。
14ボリ(210円)

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『ラパスのチョリータ』







『クスコの泡かけ祭り』





『クスコのカーニバル』





密かに、マスクをしてリングに上がることを夢見ています。という奥様まも、いつかはエルビスプレスリーばりの衣装でステージに上がってみたいと思っている元ロックン・ローラーも、ポチッとね。



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by ayumiaruki | 2018-03-03 12:32 | Comments(2)